40種類以上の香りの多くに、名前はない。並ぶのは、ただ番号だけ。京都発のオーダーメイドフレグランス専門店「MY ONLY FRAGRANCE」では、先入観を手放し、直感を頼りに香りを選ぶ。アドバイザーとの対話を重ねながら、“自分らしい香り”を探す時間は、自分にとっての心地よい空気感を見つめ直す、小さな内省にも似ていた。
2026.08.05
香りの名前を取り払った瞬間、残るのはただ純粋な感覚だった
京都に本店を持つ「MY ONLY FRAGRANCE」は、香りを“直感”から選んでいくオーダーメイドフレグランス専門店だ。40種類ほどの香りには、「ローズ」や「シトラス」といった名称ではなく、番号だけが記されている。頼れるのは、知識ではなく、自分の感覚だけだ。
今回訪れた東京の店舗は、商業施設の中にありながら不思議と静かな空気が流れていた。店内にはフレグランスの小瓶が規則的に並び、木目のカウンターや柱が柔らかな印象を与えてくれる。無数の香りを前にすると、まだ知らない感覚に触れるような高揚感がある。自然と意識は、香りそのものへ向かっていく。
印象的だったのは、カウンター背面の調香スペース。調合用のボトルやシリンジ、試験管などの器具が整然と並ぶ様子は、実験室や工房の一角のようでもある。フレグランスを“完成品”として売る場所というより、これから誰かの感覚を少しずつ形にしていく場所。そんな予感が漂っていた。
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訪れたのは東京Solamachi®店。ベージュを基調とした店内に、木目のカウンターや棚が、空間に柔らかな温もりを添えている。
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オーダーメイドを中心に、プレメイドフレグランスも展開する。緑茶や日本茶など、日本らしい香りを取り入れたシリーズも並ぶ。
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フレグランスボトルが並ぶカウンターは調香スペース。白衣姿のアドバイザーが目の前で調香を行い、どこか実験室を思わせる雰囲気が重なる。
オーダーメイドで香りをつくる体験は、ここ数年で少しずつ広がっている。なかでもこのブランドが印象的なのは、香りを“知識”ではなく、“本能に近い感覚”から選んでいくことだ。この店では「先入観なく、本能的に“好き”を選ぶこと」を大切にしているという。実際、香りは言葉やイメージに大きく引っ張られる。「ローズ」と聞けば華やかさを、「ムスク」と聞けば重たさを想像する人も多いだろう。けれど名前という先入観をなくした瞬間、人はもっと曖昧で個人的な感覚で香りと向き合うことになる。
今回担当してくれたのは、アドバイザーの達崎さん。初めて訪れる人の多くは、1番から順番に香りを試しながら、気になった2〜3種類ほどを絞り込んでいくという。5種類以上になると、香りの輪郭が少しぼやけやすくなるためだ。一方で、つくりたいフレグランスのイメージがある人は、先に相談しながら方向性を整理していくこともできる。
「どんなイメージですか?」と聞かれ、私は少し考えてから言葉を探した。いかにも“香水”という強い香りがあまり得意ではないこと。仕事でもプライベートでも自然に使え、自分に馴染むものがいいこと。そして、森林のような静けさを感じる自然な香りに惹かれること。
話しているうちに、それまで漠然としていた理想の香りのイメージが、少しずつ輪郭を持ちはじめた。
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フレグランスのイメージや好み、使用シーンなどのヒアリングを通して、その人らしい香りの輪郭を探っていく。
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番号で分類された香りに加え、アクセントとなるフレグランスも10種ほど用意。組み合わせ次第で香りの表情は大きく変化する。
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ガラスの漏斗を開けて香りを試していく。
達崎さんは「甘めというより、すっきりした香りのほうがお好きですか?」と確認しながら、5つほどの番号を提案してくれた。例えば3番は、草原を駆け抜けるような軽やかさのある香り。12番は、パウダリーで柔らかな透明感のある香り。そして18番は、落ち着きがありながら重たすぎず、大人っぽさを感じる香りだった。
天然石にまとわせた香りを、ひとつずつ試していく。ガラスの蓋を開けるたび、香りの質感が静かに変わる。そして18番を嗅いだ瞬間、不思議なくらい迷いがなかった。
「あ、これすごく好きです」
考える前に、身体が先に反応したような感覚だった。華やかというより、静かな余韻を残す“大人っぽさ”を感じた。
香りを重ねるほど、“今の自分”が見えてくる
難しかったのは、18番に何を重ねるかだった。単体では好きでも、混ざったときにどんな香りになるのかは、実際に試してみるまでわからない。達崎さんは、使用シーンや普段使っている香りを聞きながら、ぼんやりしていた好みを少しずつ整理していく。私は、お気に入りの服のように、無理なく日常に馴染む香りがいいと伝えた。
提案されたのは、12番の柔らかさだった。さらに、アクセントフレグランスとして「若竹(フレッシュバンブー)」も加える。軽やかな爽快感が重なることで、香りの輪郭が少しずつ整っていった。
候補が絞られると、ここで初めて香りの特徴や成分について説明を受ける。直感で惹かれた香りが、どんな要素で構成されているのかを確かめながら、調合のバランスを整えていく。
18番は、落ち着きのある大人っぽさが特徴。12番は、柔らかな透明感のある香り。そしてフレッシュバンブーは、軽やかな爽快感を加えてくれるアクセントになっている。続いて、それぞれの香りを染み込ませた複数のムエットが手渡される。体験者自身が本数を増減させながら、香りのバランスを確かめていく仕組みだ。
18番を多めにすると、落ち着いた余韻が前に出る。そこへ12番を加えると、柔らかさが重なり、フレッシュバンブーを足すと森の中に吹く風のような清涼感が加わる。ムエットの本数を一本変えるだけでも、香りの印象は驚くほど変化した。
不思議だったのは、香りを重ねるごとに印象が変わっていくことだった。混ざり合うことで、香りに奥行きが生まれていく。調香というと難しそうに聞こえるが、実際は“観察”に近い。どの香りを増やすと落ち着くのか。どこを減らすと軽やかになるのか。自分がどんな香りの表情を心地よいと感じるのかを、ひとつずつ確かめていく。
その工程は、どこか服を仕立てる時間にも似ていた。個性を足していくというより、“しっくりくる位置”を探していく感覚だ。
18番を軸に、12番で柔らかさを、フレッシュバンブーで爽やかさを添えた配合に決定。
決まった割合をもとに、目の前で調香が始まる。あらかじめアルコールが入った瓶に、選んだ香りの原液をシリンジで注いでいく工程は、どこか実験のようでもあり、完成へ向かう高揚感があった。
「優しい普段使いしやすい香りになったかなと思います。フレッシュバンブーが入ることで、明るさも少し加わっていますね」
達崎さんの言葉どおり、完成した香りは、いわゆる“強い香水感”とは少し違っていた。近づいたときにふわりと香る程度の静けさ。清潔感がありながら、どこか余白もある。振り返ってみると、香りを選ぶ時間そのものが、自分の感覚を静かに確かめる時間になっていた。
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決まった割合をもとに、香料を一本ずつ注入。選んだ香りが、少しずつフレグランスとして形になっていく。
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完成した香りを最後に試香。衣類にのせると、香りの輪郭がゆっくり立ち上がる。
“世界にひとつ”とは
自分を深く見つめ、知ることだった
調香が終わると、最後にスプレー部分を専用の機械で圧着して固定する。瓶をセットし、静かに圧力をかける。カシャン、という小さな音が響き、香りが“完成品”として閉じ込められていく。そして仕上げの工程として、このフレグランスには自分で名前を付けることができる。調香した香りに言葉を添え、ラベルに刻むところまでが体験の一部だ。
完成までの待ち時間の間に、フレグランスの名前を考える。旅の記念日を残す人もいれば、大切な言葉を刻む人もいるという。最初は名前を外し、最後に自分で名前を与える。その時間を経て、香りは少しずつ“自分のもの”になっていく。
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スプレー部分は専用機械で圧着して固定する。
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ラベルには、好きな言葉や日付け、曲名など、15文字以内で自由に印字できる。完成した香りにタイトルを付けるような時間だ。
出来上がった香りは、「新しい自分」ではなく、見慣れていたはずの「本当の自分」に改めて出会わせてくれるものだった。強く主張するわけではない。けれど、今の自分に静かに馴染み、輪郭に自然と寄り添っている。まるで仕立てた服が身体に馴染んでいるように、その香りもまた、自分の居場所を静かに見つけていた。
そんな心地よい体験の背景には、このブランドが大切にしている考え方がある。その源流をたどると、創業者自身の転機に行き着く。コロナ禍で前の事業が止まり、現状を見つめ直す時間のなかで、京都の伝統工芸やものづくり、そして調香師との出会いがあった。さらに、創業者自身が鼻の治療を経て、香りの感じ方が大きく変化した経験も、このブランドの背景にある。以前よりも香りを強く意識するようになり、香りが記憶や感情と深く結びついていることを実感したのだという。
その体験を通して生まれたのが、「私らしい、私だけの香り」という考え方だった。誰かが決めた“正解”ではなく、自分自身の感覚を頼りに香りを選ぶこと。そのプロセス自体を楽しめる場所をつくりたい――そんな思いから、「MY ONLY FRAGRANCE」は生まれた。
日常に自然と馴染む香りを選ぶ人もいれば、理想のイメージや気分に合わせて香りを仕立てる人もいるという。求めるものは、人によって少しずつ違う。アドバイザーは好みを誘導するのではなく、その人にとっての“心地よさ”を一緒に探っていく。
香りは、まとった瞬間から
“自分のもの”になっていく
完成した香りを受け取り、吹きかける。最初はフレッシュバンブーの軽やかさが立ち上がり、時間が経つにつれて18番の落ち着いた余韻が残っていく。香りは、つけた瞬間だけでなく、時間とともに表情を変えながら、その人の日常に静かに馴染んでいく。
使い始めると、不思議なことに「フレグランスをつけている」という感覚がほとんどなかった。外出前に自然と手が伸びる。仕事中も邪魔にならず、気分を切り替えたいときにふと香る。強く印象を残すというより、自分らしさに静かに寄り添っている。
フレグランスというと、どこか“演出”のイメージがあった。特別な日にまとったり、自分を強く印象づけたりするためのもの。けれど今回つくった香りは、それとは少し違っていた。むしろ、自分に戻るための小さなスイッチに近い。
近年、海外では香りをセルフケアやウェルネスの一部として捉える流れも広がっているという。集中力を高める香り、不安を和らげるためのブレンドなど、香りは感覚を整えるツールとしても使われ始めている。その意味では、この体験も単なる“フレグランスづくり”ではなかったのかもしれない。
今回の体験を通して印象に残ったのは、“特別な香りができたこと”以上に、自分がどんな香りに落ち着くのかを知れたことだった。情報も選択肢も多い時代では、つい“正解”を探したくなる。けれど、本当に心地よいものは、もっと曖昧で個人的な感覚の中にあるのかもしれない。
名前を外して香りを選ぶ時間は、自分にとって心地よい輪郭を静かに確かめる時間だった。
MY ONLY FRAGRANCE TOKYO Solamachi®店

TEL 03-5637-8095
東京都墨田区押上1-1-2 東京スカイツリータウン・ソラマチ イーストヤード4F9番地E0419区画
10:00AM~9:00PM
無休
フレグランスミックス(オーダーメイドフレグランス)
50ml 6,500円〜、100ml 8,000円〜、ディフューザー6,000円〜
アクセント香料+500円(すべて税込)
・実質作成所要30分程度。
・香りの持続は3〜4時間でオードトワレと同程度。+1,000円でオードパルファン(持続時間5〜6時間)に変更が可能。
取材・文/渡辺満樹子 写真/広川智基 編集/株式会社都恋堂(ヤソメユウヤ)
●取材時期:2026年5月中旬
※掲載内容は時期や天候、施設の諸事情により変更となる場合があります。