1961年に開業し、日本のバーの黎明期からバー文化の創造を牽引してきたパレスホテル東京のメインバー「ロイヤル バー」。カウンターには、バーテンダーコンペティションで世界一に輝いた経歴をもつ7代目チーフバーテンダー・大竹学さんが立ち、伝統を守りながら、いまもなお革新し続けている。洗練されたカクテルや心配りの行き届いたもてなしに触れられるオーセンティックバーは、歴史と品格に触れられる稀有な空間。初心者も懐深く受け入れてくれる。日常から離れ、感性をかきたてる体験に浸ってみよう。
2026.01.05
“世界一”のバーテンダーが立つ、日本を代表するオーセンティックバー
皇居のお濠に面し、都心にありながら豊かな緑をめでられるロケーションの「パレスホテル東京」。1961年に開業した歴史あるホテルのメインバーが「ロイヤル バー」である。
高い天井の優雅なエントランスを進み、重厚感のある扉を開ける。その先にはぐっと落ち着いた色調でいながら、飾られるグラスやボトル、照明が反射するカウンターとあらゆるところが磨き上げられたまばゆい空間が広がっている。
「ロイヤル バー」が歴史ある正統派バーとして広く知られている理由のひとつに、「Mr.マティーニ」と称された、初代チーフバーテンダー・今井清さんの存在がある。店内に延びる心地よいカウンターや、そこから見えるグラスや酒を入れる冷蔵庫の位置や見せ方を自ら設計。現在も使われるカウンターは、今井さんが造った当時のものを受け継いたものだ。
終戦後のバーでは、スピリッツは常温で保存することが一般的だったところ、今井さんはジンもグラスも冷蔵庫でしっかり冷やし、冷たくて力強く、水っぽくないマティーニを提供した。それが評判を呼び、「Mr.マティーニ」と呼ばれるようになった。
技術が巧みなだけでなく、今井さんはもてなしの達人でもあった。一度つくったなら、そのお客の顔を覚え、この方はちょっと辛口、こちらは優しいのがお好きと、好みを把握して仕上げてしまう。そんな細やかなホスピタリティもお客の心をつかんだ理由だった。
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今井清さん設計のカウンターの材質はマホガニーを採用。専用のクリーナーを使い、毎日磨きこんでいて65年前(2026年時点)に造られたと思えないほどピカピカだ。
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伝説のカクテルといえるマティーニは、職人によるハンドメイドの専用グラスに注いで提供する。このグラスもまた今井さんが設計したもの。
現在、7代目のチーフバーテンダーとしてバーを守るのは、大竹学(おおたけまなぶ)さんである。2011年に、世界最大級のカクテル大会で優勝を果たし、世界一に輝いた。パレスホテル東京が3年間の建て替えを経てグランドオープンした2012年の翌年に、「ロイヤル バー」へと入った。
大竹さんに、現在の「ロイヤル バー」の特徴をたずねたところ、即座に答えが返ってきた。
「まさに“ザ・オーセンティック”といえるバーです。“マティーニの聖地”と呼ばれるお客様もいらっしゃって、マティーニは年間4000杯ほど提供しています。いま、国内でこれほどマティーニが出るバーは少ないのではないでしょうか」
「ロイヤル バー」では伝統を守る一方で、革新を続けている。現状維持だけでは衰退になるというのが大竹さんの考えだからだ。
「クラシックカクテルを提供しながらも、世界のトレンドを取り入れた新しいカクテルや従来のものをリバイバルした複雑な味わいのカクテルなど、常に新しい形を模索しています。海外からのお客様の要望にも応えられるものまで取り揃えています」
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ゆったり座れるベンチシートも。壁一面に龍を描いた絵が飾られ、空間を格調高く彩っている。
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約19坪の店内には会話の弾むテーブル席もある。どの席に座ってもゆったり時間を過ごせるよう配慮されている。
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店内の両脇の壁には、ガラス張りの棚に貴重なグラスが飾られている。天井を高くし、ガラス張りのしつらえにすることで、限られた空間でも圧迫感を感じさせない効果がある。
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レトロなミニチュアカー。よく見ると車体に「PALACE HOTEL」の文字を見つけることができた。
「ロイヤル バー」のカクテルは、鮨でたとえるなら江戸前鮨
大竹さんは、カクテルづくりにおける日々の心がけを面白い表現で語ってくれた。
「日本人らしい丁寧さと、所作の美しさ、繊細なエレガントな仕事をしようと心がけています。お客様の目の前でつくるカウンターでの仕事という意味では、鮨屋とバーは共通点があるようにも思います。所作の美しさは、実際に味わう前から“おいしい”につながりますよね。かりに『ロイヤル バー』のカクテルをお鮨にたとえるなら、海外でよく見るような創作的なロール鮨ではなく、あくまで江戸前鮨です。トレンドは取り入れても、あまりに複雑にはしたくない。シンプルな王道のラインから外れないように意識しています」
シンプルな材料で、余計なものをそぎ取り、巧みな技術で最高のおいしさに到達させる――それが大竹さんが思い描く「ロイヤル バー」のカクテルだ。ステアひとつ、氷の扱いひとつにおいても、長い年月をかけて培ってきたスキルが表れる。「同じ仕事を続けることができることも日本人の強み」と捉え、日本人らしいバーテンディングを体現している。
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マティーニは、ジン、ドライ ヴェルモットをステアしてつくるシンプルな手順ながら、流れるような美しい所作に目が釘付けになってしまう。
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種を抜いて赤ピーマンのペーストを詰めたスタフドオリーブをグラスに沈め、レモンピールを振りかけて完成する。一瞬のプロセスにも神経がいきわたっている。
実際に「ロイヤル バー」を代表するカクテルと、最近需要の高まっているモクテル(ノンアルコーカクテル)をリクエストした。
まずは、バーの代名詞ともいえるドライ マティーニ。そして、もうひとつの名物として、パレス ジンフィズが登場した。これは少量の牛乳を注いだジンフィズで、第二次世界大戦後、駐留軍の将校が明るいうちからこっそりアルコールを嗜むためにミルクを入れたことから誕生したという。
土曜の夜長に愉しみたいカクテル
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初代チーフバーテンダー、今井清さんから受け継ぐカクテルの王様、ドライ マティーニ(2,200円)。食前酒として愉しむために、アルコールの強いカクテルながら早い時間から注文が入ることも多々。
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パレス ジンフィズ(2,200円)は、クリーミーな飲み口でトップの泡のテクスチャーもユニーク。初めの一杯としてもリフレッシングカクテルとしてもぴったりなオールデイカクテルだ。
モクテルは、お酒に弱いというだけでなく、アルコールを控えたい人が3杯飲むうちの1杯にオーダーしたり、車を運転する人や体調管理の面からリクエストする人も多いという。酔わないとはいえ、材料の組み合わせはカクテル同様のつくり方で、カクテル然とした飲みごたえや複雑味を味わうことができるのが、いわゆるジュースとは大きく違う点である。
世界的に人気なネグローニをツイストしたその名もノグローニは、薬草リキュールであるカンパリの苦味と甘さが立ち、まさに飲みごたえのある一杯。ヴァージン ギムレットは、キンと冷えた飲み口で、本当にギムレットを飲んでいるかのように錯覚してしまう。
日曜の夕暮れに愉しみたいモクテル
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ノグローニ(2,600円/ノンアルコール)。ノンアルコールのジンや白ワイン、加熱してアルコールを飛ばしたカンパリなどを使い、飲みごたえを生む。
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ヴァージン ギムレット(2,600円/ノンアルコール)。ライムのスライスを一緒にシェイクすることで、果肉のテクスチャと香りが格段に映える味わいに。小さな氷を一個入れて、引き締まった後味に。
バーはお酒だけではなく、感性を刺激する体験を愉しむ場所
大竹さんによると、バーの愉しみ方に変化が起きているという。バーは、必ずしもお酒を味わうだけの場ではなくなってきているというのだ。
「まずは、非日常的なバーに足を運んで、バーテンダーのもてなしを受けること。カクテルの背景にあるストーリー性や見映えを知ること。そして、実際に味わうこと。そういった感性を刺激する“体験”を愉しむ場所になっていると強く感じます。コロナ禍以降、1人の時間をいかに充実させるかを大事にする方をお見受けすることも多いですね」
大竹さんが気を配るのは、その人がどう過ごしたいかを見極めること、そしてバーという空間でいかに心地いい雰囲気をつくるかだという。
「世の中に何万件とバーはあっても、同じバーはありません。カウンターだけでも、高さも素材も形状もさまざまです。バックバーのしつらえやカウンターからの眺めなど空間ごと味わってみてください。あとは、カクテルはお気に入りものを見つけていろんなバーで飲み比べてみてはいかがでしょう。同じカクテルもつくる人が違えば、味も違うと思います。ロングカクテルとショートカクテル、1種類ずつ愉しむのがおすすめですね」
さっそく実践しようと思ったなら、令和のレジェンドが迎えてくれる「ロイヤル バー」へ。少しの緊張感と、その緊張を上回るほどワクワクする体験が待っているに違いない。
メインバー「ロイヤル バー」
足を一歩踏み入れると、日々のせわしなさを忘れるような上質で優雅な空気に包まれる。つかの間のトリップで英気を養い、日常へと戻っていこう。
TEL 03-3211-5318
東京都千代田区丸の内1-1-1 パレスホテル東京1階
3:00PM~11:30PM(L.O.)
取材・文/沼 由美子 写真/広川智基 編集/株式会社都恋堂(山口美智子)
●取材時期:2025年10月上旬
※掲載内容は時期や天候、施設の諸事情により変更となる場合があります。