焼酎で有名な鹿児島県に、世界から称賛され、日本のウイスキー造りを牽引する蒸溜所のひとつ、嘉之助(かのすけ)蒸溜所がある。4世代、140年にわたって焼酎を造ってきた小正醸造が立ち上げたウイスキー蒸溜所だ。はたして、嘉之助蒸溜所ではどんなウイスキー造りがおこなわれているのか。そんな好奇心を満たしてくれる見学ツアーが用意されている。蒸溜所を訪ねたからこそ出合える発見と高揚感は、誰かの評価ではなく、ウイスキー「KANOSUKE」の自分にとってのゆるぎない魅力に気づく旅になる。
2026.05.07
焼酎文化とウイスキー造りを融合させた類を見ない蒸溜所
嘉之助蒸溜所は、海辺にたたずむウイスキー蒸溜所だ。鹿児島県日置市、美しいシラス台地特有の白浜が続く吹上浜に面して立つ。蒸溜所の目の前には雄大な東シナ海の水平線。一帯は、1年を通して東シナ海からの潮風が吹き抜け、やわらかな日差しと南国特有の温暖な気候に包まれている。
蒸溜所の建物に入ると、まず数々の表彰の盾や賞状が目に入る。国内外のウイスキーおよびスピリッツ界では誰もが知る大きなコンペティションばかりだ。英国で催された「WORLD WHISKIES AWARDS 2025」では、同社の3種類のウイスキーがカテゴリー最高金賞に輝く快挙をなした。ほかに、ベストディスティラリー賞「Tourism of the Year」(東京ウイスキー&スピリッツコンペティション2025)やICONS of WHISKY部門「世界最優秀貯蔵庫責任者賞」(WORLD WHISKIES AWARDS 2025)なども受賞していて、味わいだけじゃないもてなしや特徴的な貯蔵方法などでも高い評価を受けていることがわかる。
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蒸溜所のエントランスをくぐると、蒸溜所限定ボトルや定番ウイスキーが並ぶビジターセンターになっている。数々の賞状などが華々しい受賞歴を誇る。
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嘉之助蒸溜所の蒸溜所限定「KANOSUKE Component Series」(各200ml)。単一樽ごとの個性を体験できる“原酒の飲み比べ”シリーズ。
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オリジナルのグッズもあり、目移りしてしまう。
本日の見学ツアーは、所長の中村俊一さんが自ら案内してくれる。ビジターセンターのスタッフのみならず、日によって製造や貯蔵の担当者などいろんなポジションのスタッフが案内してくれることも多々あるという。
「バラエティに富んでいるというか(笑)。製造のスタッフが案内する時は製造のことをより深く知れるし、歴史に詳しいスタッフだと地元の歴史を交えて、と同じツアーでも案内する人間によって個性が出ます。リピーターが多いのもひとつの特徴かもしれません」
伝統ある焼酎蔵が、なぜウイスキー造りに挑戦したのか――。最大の疑問の答えが、見学ツアーの始まり早々に明らかになる。
嘉之助蒸溜所ができるまでの歴史を振り返る。1883年に創業し、この地で140年余りもの間、焼酎を造り続けてきた小正醸造の創業は、地元・八幡神社に奉納するお神酒の米焼酎を造ることから始まった。2代目の小正嘉之助は、戦後時の「安価で粗悪な酒」という焼酎の先入観を払拭して付加価値をつけようと、米焼酎を6年もオーク樽で貯蔵して“メローコヅル”を発売した。日本初の長期樽熟成米焼酎である。同時に、ここ日置に焼酎のテーマパークを創ることを夢見ていた。
3代目は第1次焼酎ブームに乗って増産の設備を整え、そして4代目で現社長の小正芳嗣(よしつぐ)さんは、多彩な焼酎造りを展開し、「焼酎を世界へ」を合言葉に自社の焼酎を海外に広めようと試みた。そのために国際的なスピリッツコンペティションに出品もしてきた。だが、賞は獲るものの、輸出がうまくいくわけではなかった。「焼酎」が未知の国にとっては説明が難しく、認知が欠けていたのだ。
「そこで、今まで培ってきた焼酎の技術を活かし、世界共通言語であるウイスキー造りに挑戦しよう。その上で焼酎の価値を上げて、世界に広めようと、2017年に2代目の名前を取って嘉之助蒸溜所を設立したのです」
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日本初の長期樽熟成米焼酎“メローコヅル”の当時のボトル。
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2代目小正嘉之助が描いた焼酎の蒸溜文化を広く伝える施設の構想スケッチ。家族で訪れられる憩いの場を夢見た。
歴史とテロワールを移す嘉之助蒸溜所ならではのウイスキー造り
嘉之助蒸溜所のウイスキー造りは、独自性に満ちている。たとえば、モルト麦汁の発酵は平均的な日数より長い5~7日をかけ、乳酸菌を生むことでフルーティーさや個性的なフレーバーを生む。
この規模で、蒸溜に3基のポットスチルを設備するのも大きな特徴だ。初回の蒸溜をおこなう初溜釜1基に対し、再溜釜はリッチな酒質の原酒を造れるものとライトな酒質になるものの2種を設備することで、味わいの多様性を生むことができる。さらには、小正醸造の焼酎蔵「日置蒸溜蔵」にて焼酎を造る設備や技術を活用してポットスチルウイスキーを造り、それをブレンドしてブレンデッドウイスキーも展開している。
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ウイスキー造りのスタートは、原料のモルト(大麦麦芽)にここで湯を注いで糖化させることから始まる。
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糖化後のろ過した麦汁に酵母を加え発酵させる。糖が分解されて、アルコールと炭酸ガスが生成される。
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嘉之助蒸溜所の特徴を表す3基のポットスチル。一般的には初溜1基、再溜1基の計2基の構成だが、3基にすることで、ライト、ミディアム、ヘビーといったバリエーション豊かな原酒を造れる。
熟成にも蒸溜所の歴史とこの土地の風土が反映される。熟成樽には、王道のバーボン樽やシェリー樽などのほかに、“メローコヅル”の空き樽を風味がでるようにリチャーリング(樽の内側を焼きなおす作業)して、全体の約3割に活用。米焼酎を寝かせていたことで、モモやアンズ、ニッキといったまるで“フルーツ八つ橋”のようなニュアンスが生まれる。これは、嘉之助蒸溜所にしかできないことだろう。
熟成庫は7つあり、3つのテーマで分けられている。海に近い熟成庫のテーマは「テロワール」。通年、潮風が吹き抜け、あえて年間40度にもなる寒暖差の影響を受ける設計がされている。廃校になった小学校の体育館を活かす熟成庫は「コミュニティー」を、かつては“メローコヅル”専用だった熟成庫は「レガシー」をテーマに原酒を寝かせる。
「絵の具が多いほど表現豊かな絵が描けるのと一緒です」と中村さんが語るように、こうした工程を経ることで多彩な原酒を造り揃えることができ、選択肢の幅が増えることでブレンドの自由度が増すのだ。
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かつては“メローコヅル”専用だった熟成庫。温暖な気候と年間の寒暖差、東シナ海から吹き寄せる潮風がウイスキーの熟成を早め、まろやかで深みのある味わいを育む。
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貯蔵庫責任者の神前(かみまえ)拓馬さん。「WORLD WHISKIES AWARDS 2025」で世界最優秀貯蔵庫責任者賞を受賞した立役者。多様な酒質を展開する熟成方法が評価された。
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熟成庫の内部。手前の巨大な樽は「マリッジタンク」と呼ばれ、かつて“メローコヅル”の瓶詰め前に加水した原酒の静置のために使われていたもの。
蒸溜所併設「ザ・メローバー」で見学ツアーを締めくくる
嘉之助蒸溜所の見学ツアーは、大きく3つある(いずれも要予約)。「蒸溜所ツアーと3種のウイスキーテイスティング」(2,000円、お土産付き。オプション1,000円でシークレットウイスキー3種がプラス)、貯蔵庫の内部まで見られる「蒸溜所・貯蔵庫ツアー 6種のウイスキーテイスティング」(5,000円、お土産付き)、KANOSUKEのシングルモルトのブレンドに挑戦し、自分だけのウイスキーが造れる「ブレンディング体験・蒸溜所ツアー」(15,000円、自分でブレンドした500mlボトル1本付き)。
いずれの見学ツアーでも最後に到着するのが、東シナ海の水平線を見晴らす「THE MELLOW BAR(ザ・メローバー)」だ。
11メートルものロングカウンタ―に目の前に広がる伸びやかな風景。贅沢な空間と夕日が美しく映える景色、そしてすばらしいウイスキーを前に、椅子にゆったり腰を掛けた瞬間から、ここに来られてよかったという思いがしみじみとこみあげてくる。
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嘉之助蒸溜所併設のテイスティングルーム「ザ・メローバー」。スタッフによってはレコードの音楽が流れることもある。ゆったり腰をかけるだけでも、至福のひと時を過ごせる。
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見学ツアーのラストを飾る3種のウイスキーテイスティング。現地の空気ごと味わおう。「嘉之助シングルモルト KAGOSHIMA EXCLUSIVE」を軸に、種類はその時々で異なる。
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ブレンド体験は、複数の原酒のテイスティングをして個々のキャラクターを理解した後、バランスの取り方のレクチャーを受け、複数の原酒をブレンド。世界でひとつだけの“マイKANOSUKE”ができる。
「ザ・メローバー」で味わうKANOSUKEは、どんなにすばらしいバーで味わうよりも格別ではないだろうか。豊かでエレガントな味わいに、あらためて嘉之助蒸溜所が掲げるコンセプト、「MELLOW LAND,MELLOW WHISKY(メローランド、メローウイスキー)」が重なる。そう、この「まろやかな深みのある味わい」=「メローな味わい」こそ、世界が称賛するKANOSUKEの神髄なのだ。
見学ツアーを通じてお客様にどんなことを伝えたいか、中村さんに訊いてみた。
「やはり、KANOSUKEというウイスキーのことだけを伝えるのではなく、せっかくいらしていただいたからには地元の名産品や歴史、すぐ近くに美山というに薩摩焼の里に見るようなクラフトマンシップも伝えられたらと考えています。そして、私たちのルーツである焼酎のことも伝えたいですね。焼酎が下でウイスキーが上、なんていうことはまったくないわけですから」
鹿児島・日置の風を自宅でも感じよう
蒸溜所内のビジターセンターでは、定番ウイスキーや蒸溜所限定のウイスキーを購入できる。蒸溜所で体験した感動や日置の風を自宅でも感じられるのだ。
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おすすめのボトル3本を中村さんに解説してもらおう。
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「嘉之助シングルモルト」(700ml/9,900円)。「定番のシングルモルトでテイスティングバーから見る風景が浮かぶようなメローな味わいに仕上げています。あえて、何かを突出させて個性を際立たせていないので飲み方を選びません」
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「嘉之助シングルモルト PEATED」(700ml/10,450円)。「ストレートでピートのフレーバーを愉しむのはもちろん、個人的にはハイボールで飲むのが好きです。オリジナルおつまみのスモーク ド ナッツのような燻製をかけたものやジャーキーととても相性がいいですね」
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「嘉之助シングルモルト SHERRY CASK VATTED」(700ml/10,450円)。「シェリー樽で寝かせた原酒をふんだんに使用しています。ストレートか、ロックで少しずつ氷を溶かしながら味わいの変化をゆっくり楽しんでほしいですね」
来年2027年は、蒸溜所の操業から10年を迎える。待望の10年熟成のシングルモルトも登場予定だ。
「社長も僕らもその時を愉しみにしています。2030年ぐらいまでには、10年以上の原酒のみをブレンドしたシングルモルトもリリースしたいですね。それは蒸溜所みんなの夢です」
国内外の注目を集めるKANOSUKEが生まれる地では、その称賛に浮かれることなどなく、ルーツと地元への愛着を大事に、ひたむきにウイスキー造りに立ち向かう姿を見ることができた。この先、自宅やバーでKANOSUKEに出合うたびに、おいしさとともに日置の空気や真摯な人々が思い浮かぶだろう。それはウイスキーと向きあう時間をより豊かに味わい深くしてくれる。
取材・文/沼 由美子 写真/有川朋宏 編集/株式会社都恋堂(山口美智子)
●取材時期:2026年2月上旬
※掲載内容は時期や天候、施設の諸事情により変更となる場合があります。