大学まではスポーツ選手だった青年が、卒業後に選んだ進路は盆栽師だった。名匠のもとでゼロから学ぶこと5年。悔しさと試行錯誤の繰り返しのなかでつかんだ自信を胸に海外へ渡る。盆栽を広め、自らの技量を高め、若手盆栽師の筆頭となる。青年の名は平尾成志。彼は盆栽の何に惹かれ、熱中し、そしていま、何思うのか。埼玉にある、自身が経営する盆栽園で、静かに語ってくれた。
2026.02.18
平尾成志 ひらお・まさし
1981年、徳島県三好市生まれ。京都産業大学在学中に訪れた京都の東福寺で、重森三玲作・本坊庭園に感銘を受けて日本文化の継承を志し、さいたま市北区盆栽町の「加藤蔓青園」に弟子入りする。5年間の修業を経て、1年間専属の管理師として従事後、海外で盆栽のデモンストレーション、ワークショップ、パフォーマンスを行う。2013年、文化庁文化交流使に任命され、世界30以上の国や地域で盆栽の普及活動や、盆栽を通じた文化交流を行う。国内では2016年に盆栽園「成勝園」を開き、ワークショップなどを開催。新しい生活空間に適した盆栽の提示と、若い世代に盆栽を知ってもらうための講演など教育に力を入れている。
初めて見た盆栽に生まれ育った故郷の森の匂いを感じた
盆栽師、平尾成志は中学・高校・大学と、陸上競技の選手だった。中学・高校時代には県大会優勝の経験もある。そんな平尾氏の盆栽との出合いは、大学生のときだった。
「推薦で京都産業大学に進学したのですが、1年生のときに故障をし、満足に練習ができなかった。寮生活にも馴染(なじ)めなかったし、とても不安な時期でした。そんなとき、祖母ががんを患ったのです。その祖母を両親が徳島から連れてきて、僕も一緒に4人で京都の東福寺へ行き、いまは国の名勝に指定されている「東福寺本坊庭園」を見ました。このとき庭園のあまりの美しさに衝撃を受け、これからどうしようという不安が一気に吹き飛んでしまったんです。さらに、重森三玲(しげもりみれい)がつくったこの庭園が、昭和14年の作庭以来何も変わらずに残っていることに、いっそう感動しました。何でもいい。こうした日本の文化を継承する仕事を、僕もしてみたい。このとき心に決めたのです」
翌年、祖母が亡くなった。平尾氏の陸上競技をいちばん応援してくれた人だった。平尾氏は心機一転、可能な限りの講義を受講して単位を取る一方、陸上競技も卒業までしっかりと続けた。そして大学4年生。徳島の父から進路をどうするのかを問う連絡があった。父が懇意にしている知人に頼めば、一流企業への推薦も望めた。しかし、平尾氏は庭師になりたいと告げた。
父は反対せず、ある作庭家を紹介してくれたが、その作庭家は、これから庭師になることはおすすめしないといった。一方で、盆栽業を営む彼の弟に話を通してくれた。
異変にいち早く気付くために日々の観察と記憶が重要です
「その方と父と、一緒に食事をすることになっていた日、盆栽の何たるかを知ろうと思った僕は、少し早めに『上野グリーンクラブ』に行き、初めて盆栽を見て衝撃を受けた。昔、四国の山のなかで遊んだ思い出や森の匂いが、突然、よみがえったのです。盆栽は、美しいだけでなく、時を超えさせてくれることを知った。その晩の食事の席で、僕は盆栽師になりたいと告げていました」
弟子入りした先は、名匠・加藤三郎氏の「加藤蔓青(まんせい)園」。研修期間は5年間だった。
「最初は、木の名前を覚えるところから始めました。まさにゼロからの出発です。とにかく人と違う生き方をしたいと思っていた。でも、その一方で、不安もありました。当時、姉が東京で暮らしていたので、埼玉にいた僕を呼んで一緒に飲もうという話になった。それで東京へ行って姉の知り合いたちと食事をしたのですが、みんなおしゃれな方たちで。僕だけ浮いている気がして、最後には席を立ってしまった。翌日は栃木まで出かけて滝を見ながら気持ちを鎮めました。若いころの挫折というと、この時期ですね。まったくのゼロから始めたことが、挫折だったといえるかもしれない」
職人の世界では手取り足取り教えてはくれない。最初のうちは仕事の大半は掃除とビニールハウスや盆栽の棚をつくる大工仕事だった。ときおり盆栽の手入れをしてくれと指示が出る。わからないながら、やってみるしかなかったという。
「盆栽園にはたくさんの本があり、それを借りて読みまくりました。それと、陸上選手だったころに日誌をつけていた習慣が役立ちました。天気と気温、今日やったこと、周りの人がしていたこと、できなくて悔しかったこと、すべて小さなノートに書いて残しました。ほかの盆栽園の若手がやっていることに興味をもてばその情報も手に入れて、自分で工夫をし、先輩や親方に提案する。そんなことを続ける毎日でした」
盆栽は観察と記憶が重要。木の言い分を聞くことだ
5年間の修業を経た平尾氏は、2009年のスペインでの盆栽技術指導を皮切りに、世界各地のイベントに参加。盆栽のデモンストレーションを行い、2013年には、文化庁文化交流使に任命される。ヨーロッパ各国で盆栽普及活動に従事するなど、活動の幅を飛躍的に広げ、2016年、「成勝園」をオープン、自分の盆栽園をもった。以来、メディアへの露出や各所での盆栽パフォーマンスの実演を重ね、若手盆栽師の筆頭としての地位を確固たるものにしていった。現在は、700程の盆栽を手がけているという。
「毎日、観察し、記憶する。その繰り返しです。何か問題が発生したときに、毎日の観察と記憶があれば、さかのぼって何が原因かがわかります。ひとつ失敗すれば盆栽が枯れるプレッシャーはたしかにあります。一方では、愛情を込めれば予想以上の結果が生まれることもある。創るといっても予期しないものができたりする。植物は人間のわがままには付き合わない。こちらの想いを込めすぎて枯れてしまうこともあるし、手をかけるのを控えたことで盆栽がいいコンディションになることもある。一度ダメになりかけたものを復旧できることもあるが、できないこともあるんです。枝を1本ダメにしてしまうこともある。でも、その異変にいち早く気付いてダメージを最小限にするために、日々の観察と記憶が重要になるといえるのです」
盆栽は、現在ある姿が完成品に見えるけれど、実は生きていて、日々、自然環境のなかで姿を変えていく。盆栽とは自然そのものなのだ。
植物を愛でる日本文化を後世に継承したい
盆栽師・平尾氏は、自然そのものである盆栽と、毎日、どのように向き合っているのか。
「完成がないことが盆栽の魅力です。昨今は、埼玉でも真夏の気温が40度になる。そうした気候条件のなかで生きる植物を盆栽師は相手にしている。だから、つねに勉強だと思って盆栽に向き合っています。これがいちばんいい状態だと思えるところまでいったとしても、完成ではない。その状態をキープするには、どこかのタイミングで枝を抜く必要も出てきたりする。盆栽のなかでスクラップ&ビルドをするわけですね。そのなかにはダメになってしまう木もあり、盆栽師は実に儚(はかな)い経験もするのですが、そこが面白いのです。だから、僕が芸術を創っているというよりは、盆栽自体が芸術作品であって、僕はそこに携わらせてもらっているという感覚ですね」
盆栽を育てるということは、脱炭素社会を目指す方向性に合致するし、有害物質を生む消費でもない。盆栽とSDGsには親和性があるかと思われるが、平尾氏はSDGsというコンセプトをとくに意識してきたわけではないという。
「SDGsという考え方が海外から入ってくる以前から、植物とか自然を愛でる文化を日本人がもともともっていた。そのことこそ、大事にすべきだと思います。盆栽の世話の仕方をインターネットで調べても、盆栽は上手に育てられません。水やりひとつをとっても、盆栽に水をどのタイミングでどれくらいやるか、観察と記憶、知識と勘でしか判断できない。その盆栽に水をいま与えるべきか、明日与えるべきかを判断するのに、盆栽師は鉢の土ではなく葉を観察する。その葉の様子から、盆栽が置かれている状態を判断します。これはおそらくAIでもできないと思う。植物を愛でる心がないと判断できない。僕は、そういう文化を継承していきたいと思っているのです」
HISTORY
幼いころの平尾氏。
1981年
徳島県三好市池田町に生まれる
1996年
陸上の強豪・徳島県立美馬商業高等学校(現・徳島県立つるぎ高等学校)へ進学
1999年
京都産業大学に進学し、陸上競技部に入部。京都・東福寺の重森三玲作・本坊庭園を訪れ、感銘を受ける
修業時代に「何でこんなことをやるの?」と思ったことが、後にすべて役立っている。
2003年
大学卒業後、「加藤蔓青園」に弟子入りする
2008年
同園研修課程修了。専属管理師に就任
2009年
スペインで技術指導を行う
2013年
文化庁文化交流使に任命される
イタリア・ミラノでの路上ライブ盆栽パフォーマンスは、DJとコラボして行った。
2014年
イタリア、ドイツ、オランダ、スロバキア、リトアニア、ラトビアを訪ね、盆栽の普及活動に従事
2015年
ミラノ万博で盆栽デモンストレーション
2016年
「瀬戸内国際芸術祭2016」で『feel feel Bonsai』を出展(平尾成志×瀬ト内工芸ズ。)。「成勝園」オープン。ブータン王室に盆栽を寄贈。日経ビジネス「 時代を作る100人 2017」に掲載される
2018年
「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2018」に出展
2019年
「瀬戸内国際芸術祭2019」に『BONSAI deepening roots』を出展(平尾成志×瀬ト内工芸ズ。)。台風19号による洪水で成勝園が被災
2020年
第12回とくしま芸術文化奨励賞を受賞
2021年
徳島県・阿波文化創造賞を受賞
2022年
二条城「音舞台」ステージ装飾
2023年
成勝園の新店がグランドオープン
2024年
西武渋谷店で個展「千変万化」を開催
Ginza Sony Parkでの盆栽アートパフォーマンス。
2025年
大阪・関西万博、Ginza Sony Parkで盆栽アートパフォーマンス「爻:MAJIWARI」を行う
大阪・関西万博の盆栽アートパフォーマンスで制作した『有為転変』。
取材・文/大竹 聡 写真/鈴木 伸