「国産ジーンズ発祥の地」といわれる岡山県倉敷市児島で1962年から続く老舗ジーンズメーカー「ベティスミス(Betty Smith)」を訪問。アメリカで生まれたジーンズがどのようにして海を渡り、日本独自の発展を遂げ、いまでは世界中のアパレルブランドやファッショニスタから高い評価を得るようになったのか。デニム文化を体験できるこの場所で、その歴史と魅力、そして矜持(きょうじ)を学ぶ。
2025.12.05
国産ジーンズの道を開拓し続けてきた「ベティスミス」
岡山県倉敷市児島。瀬戸内海に面したこの街は、国産ジーンズ発祥の地といわれ、多くのジーンズメーカーが軒を連ねている。そのなかでも、ベティスミスは国内最古のジーンズ工場を有し、日本のデニム文化を語るうえで欠かせない存在だ。オリジナルのデニム商品を販売するショップ、ジーンズミュージアム、ジーンズ作り体験施設、オーダージーンズの工房なども併設していて、まるで小さな集落のよう。国内外のデニム愛好者はもちろんのこと、観光客や修学旅行の子どもたちなど、さまざまな人々がここを訪れ、思い思いの時間を過ごしている。
元々は労働者用の頑丈な作業着としてアメリカで誕生したジーンズ。それが日本に入ってきたのは第二次世界大戦後のこと。
「戦後、東京の上野に闇市ができて、そこにGI(アメリカ兵)が中古のジーンズを持ってきて販売していたんです。“GIのパンツ”なので、“Gパン”と名付けられました。それが日本でのジーンズのはじまりになっているんです」
そこからどうして岡山でジーンズがつくられるようになったのだろうか。
「児島は、江戸時代から繊維産業が盛んな街で、そこから学生服の製造が主流になりました。1960年代に入って、学生服の営業マンが上野のアメ横でGパンが飛ぶように売れているのを見て、“これを次の産業にできないか”と児島に持ち帰って分解して、研究を始めたんです。でも、縫製技術はありましたが原材料が日本になかった。それで、デニムの生地もボタンもファスナーも、加えて厚物を縫う特殊なミシンもアメリカから輸入して、1965年から本格的なジーンズの量産が始まりました。現在は、デニム生地の製造から縫製、加工、仕上げまで、すべての工程を児島内で完結できるようになっています」
ベティスミスのはじまりは1962年。元々学生服の製造をしていた工場で海外輸出用コーデュロイジーンズの生産を開始。その後、同じく児島で生まれたジーンズブランド「ビッグジョン(BIG JOHN)」のガールズ事業部として、日本で初めてのレディースジーンズブランド「ベティスミス」を誕生させた。
「ビッグジョンがメンズのブランドだから、それまでなかったレディースをつくることにしたんです。“ベティスミス”という名前の由来は、ビッグジョンとペアになるように、という発想からですね。「ジョン&ベティ」は、日本でいう“太郎と花子”みたいなイメージ。“スミス”は語呂がいいと思って付けました。アイコンは、画家だった叔父が描いたものです。当時のアメリカの反戦運動で見かけた“カーリーヘアでベルボトムを履いている元気な女性”をイメージしています」
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赤毛のカーリーヘアにベルボトムのオーバーオールを着ている女性をイメージした「ベティスミス」のアイコン。
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2003年に開館したジーンズミュージアム1号館では、アメリカで誕生したジーンズの歴史や時代背景を紹介。
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1970年代に稼働していた洗い工場をリノベーションし、2014年に開館したミュージアム2号館は、国産ジーンズの歴史と技術がテーマ。
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ミュージアム2号館には創業当時に使われていたミシンや機械などの道具を展示。国産ジーンズがどのようにつくられているかを知ることができる。
職人のこだわりが詰まった「児島ジーンズ」を履く喜び
児島ジーンズの特長について、大島さんは「長い歴史で積み上げた技術の蓄積」と語る。
「“何が優れている”というよりも、トータルした技術の積み重ねですね。そこにはもちろん、縫製技術の高さや品質の高さ、生地の丈夫さも含まれています。それが海外からも支持を受けている理由ですね。それから、いい意味でガラパゴス化したことが功を奏したと思います。我々は日本のマーケットだけを考えてものづくりをしてきたので、70年代以降の世界の流れであった大量生産・コストダウン・大量消費という方向にはいかなかったんです」
小ロットで丁寧な仕事を心がけてきたことが結果的に世界的な信頼へとつながったのだろう。さらにベティスミスのジーンズのこだわりについても聞いた。
「履き心地の良さはうちの特長で、差別化になっていると思います。どちらかというと、男性よりも女性のほうが履き心地を重要視する人が多いと思うんです。その要望に応えるために、長年に渡ってパターンにこだわってきました。ベーシックなジーンズのほかに、トレンドを取り入れたものもつくっていますね」
1990年からはメンズラインもスタート。ベティスミスでつくられているデニムブランドのなかで、ディテールにまでこだわり尽くされ、海外からの人気も高いシリーズが「DENIM WORKS」だ。
「“ジャケットにも合わせられる大人向けジーンズ”というコンセプトでDENIM WORKSをつくり始めました。年を取るとウエストのサイズだけ大きくなってしまって、それに合わせてジーンズを買うと、脚まわりがゆるくカッコ悪くなってしまうんですよ。そうならないために、履き心地とすっきり見えるシルエットを追求しました。一般的なジーンズはウエストベルト(腰まわりを補強する帯状のパーツ)が直線裁ちなんですけど、腰のラインに沿うように裁断したカーブベルトを採用したことで、履いたときのフィット感がよくなります。縫製にもこだわっていて、美しさを表現したい部分は新型のミシン、味わいを表現したい部分には旧式のミシンと、使い分けています。それから、日本の水が軟水であることもあって、インディゴのブルーが濃く出てきれいなんですよ。その色を楽しんでもらおうとワンウォッシュ(製品化される前に一度だけ水洗い処理を施すこと)にとどめています」
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デニム生地の特徴的な青色は、縦糸にインディゴ染料で染色された糸を使用することで生まれる。DENIM WORKSでは、この経糸を通常のジーンズよりも太く設計することで、より濃いインディゴブルーを実現。
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DENIM WORKSの縫製工場。平日の9:00AM~5:00PMの間は、誰でも窓越しに見学することができる。
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カーブベルトをつくる工程。人体の丸みに合わせて計算された型紙を使ってカットし、アイロンをかけて整えていく。
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バックポケットを縫い付ける工程。下書きや目印などがなくとも、一枚ずつフリーハンドできれいなラインを描いていく。
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ジーンズの後ろ側となるデニム生地を縫い合わせる工程。デニム生地が何重にも重なっているため高い縫製技術が求められる。
日本のジーンズ文化を伝えるため、さまざまな体験を提供
ベティスミスがファンを増やし続けている理由は、製品のクオリティだけではなく、“体験の提供”にもある。生地、ステッチ、ボタン、リベット、加工などを自由に選んで職人が仕立てる「倉敷オーダージーンズ®」には世界で一本のオーダーメイドを所有する喜びが。特許を取得した「ジーンズ作り体験」では、指定されたジーンズからスタイルとパッチを選び、好きなボタンとリベット(ポケットの角など負荷がかかりやすい部分の補強に使われる留め具)を選んで専用の打機で打ち込むことができる。こちらは短時間で仕上げて持ち帰ることができるので、国内外のツーリストにも好評だ。唯一無二の体験を提供できるのは、自社で生産ラインを持っているジーンズメーカーならでは。
「“自分の体形に合ったジーンズをつくってほしい”というリクエストをいただいたのと、遠方から来てくださる方に同じジーンズを提供してもおもしろくないなと思って、2003年からオーダージーンズをスタートしました。ジーンズ作り体験の発想も同じで、“ジーンズをつくってみたい!”というお客さまからのニーズから生まれました。でも、一からつくるのは大変なので、こちらである程度の用意をして、仕上げだけ自分好みにアレンジしてもらう方法を考えました。デニムを使って何かおもしろいことができないかな?と、常に考えています」
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「倉敷オーダージーンズ®」の工房。完全予約制なので、世界で一本しかない自分好みのジーンズづくりにじっくりと向き合える。
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オーダージーンズで選択できるデニム生地は約50種類。膨大な量の型紙があり、体形に合わせて修正することができる。
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ジーンズ作り体験では、多様なデザインのパッチ、ボタン、リベットから好きなものを選べる。
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職人に教えてもらいながら、専用の機械でボタン1個とリベット6個を順番に「ガチャン」と打ち込んでいく。
“ずっとジーンズを履ける未来”のため、企業としてサステナブルな取り組みも積極的に行っている。ジーンズの製造段階で余ってしまうデニム生地と金具を使って製作するブランド「エコベティ」のグッズは、ジーンズとともに人気だ。
「デニムの端切れを粉砕してつくるリサイクルコットンのTシャツは、やわらかくて着心地抜群です。エコベティによって廃棄するものがなくなるので、この工場からはゴミがほとんど出ないんですよ」
革新的なアイデアで児島のジーンズ文化に新しい価値を提示し、かけがえのない体験を提供し続ける「ベティスミス」。最後に、“守ること/変えていくこと”の基準を聞いた。
「クオリティをキープする、約束を守る、挨拶はきちんとする、環境をきれいに整える、そういう商売における基本的なベースは変えません。でも、それ以外のことは何でもやっちゃう。時代に合わせてどんどん変えていくのがうちのポリシーです」
児島ジーンズを身にまとうこと、それは単なる衣服選びではない。深みのあるインディゴの色、計算し尽くされたシルエット、職人の手仕事が宿る縫製の美しさ…。大量生産では味わえない手間と時間の積み重ねが生む贅沢は、“装いを超えた体験”へと昇華する。児島ジーンズは、日本が世界に誇るものづくりの美意識そのものだ。
株式会社ベティスミス ミュージアム&ヴィレッジ

ベティズストアのエントランス天井には実物のジーンズが吊り下げられており、来訪者を楽しませている。
ベティズストア
TEL 086-473-4460
岡山県倉敷市児島下の町5-2-70
冬時間(12月~2月)9:30AM~5:00PM
夏時間(3月~11月)9:00AM~6:00PM
※平日、土日ともに正午〜1:00PMの間は昼休憩
年末年始休
取材・文/依知川亜希子 写真/鞍留清隆 編集/都恋堂(山口美智子)
●取材時期:2025年8月下旬 ※価格は消費税込
※価格など掲載内容は時期や施設、店舗の諸事情により変更となる場合があります。