マレー半島の西沖、大小99の島々からなるランカウイ島は、東南アジア有数のリゾートであると同時に、2007年には島全体がユネスコ世界ジオパークに登録され、エコツーリズムと連動した取り組みも盛んだ。ボートツアーや植林体験に参加すれば、旅行者も楽しく環境や生態系を学べる。
いまから5億5000万年以上さかのぼる太古の地層や内陸部の熱帯雨林と並んでこの島を特徴づけているのが、沿岸部に分布する豊かなマングローブ林だ。マングローブとは淡水と海水の交わる汽水域に分布する植物群の総称で、一般的な植物と比べてはるかに多くの炭素を吸収でき、浅瀬に張り巡らせた根は天然の防波堤の機能も果たしている。ランカウイ島のマングローブ林の周りにはカニやハゼなどの水辺の生き物とそれらを捕食するカニクイザルやワシなどの野生動物が集まり、島民にとっては漁場でもあり良質な木炭の調達場でもあった。しかし現在ランカウイ島では、マングローブの伐採は禁じられている。
マングローブの重要性を多角的に伝える
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ランカウイ開発公社でマングローブ再生活動の指揮をとるアズミル博士。
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ボートクルーズが発着するキリム・カルスト・ジオフォレスト・パーク。展示ホールではマングローブや地質遺産について学ぶことができる。
こうした貴重なマングローブを守るため、マレーシアでは国を挙げて「100万本植林プロジェクト」と銘打ったマングローブ再生活動を進めているが、とりわけランカウイ島は地域レベルのユニークな政策に注目が集まっている。まず、2021年に第一フェーズとして「1ツーリスト・1ツリー(1T1T)」プロジェクトをスタート。これは協賛ホテルの宿泊客にマングローブ植林体験を提供するもので、主導するランカウイ開発公社(LADA)のアズミル・ムニフ・ビン・モハマド・ブハリ博士は「宿泊客が植林したマングローブの成長を確かめるために、いつの日か島を再訪してほしい」と、プロジェクトに込められた願いを語ってくれた。次いで2023年には、地元の学生を対象とした「1スチューデント・1ツリー(1S1T)」、さらに今年は地域コミュニティー全体を巻き込んだ「1シチズン・1ツリー(1C1T)」へと発展させる予定だ。
地域と協力しながらの植林プロジェクト
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複雑に根を張り巡らせるマングローブ。
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「世界湿地の日」に合わせて行われた市民参加の植林活動。(Photo:LADA)
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マングローブの種子から苗を作る。キリム・カルスト・ジオフォレスト・パークでは旅行者もスタッフの説明を受けながら体験可能。
ランカウイ島がこれほど熱心にマングローブを守るのには理由がある。「私たちはマングローブを“スーパー・ツリー”と呼んでいます。というのも、2004年末に発生したインド洋大津波で島民や旅行者の命を救ってくれたのがマングローブの存在だったからです」とアズミル博士。マングローブが防波堤となって津波の内陸への到達を遅らせ、その間に人々が退避することができたため、島内の被害は最小限に留まり早期の復旧が可能になったという。現在、ランカウイ島ではすべての学校にジオパーク・コーナーを設置し、子どもたちにマングローブをはじめとした生態系の大切さを伝える環境を整備している。未曽有の災害から約20年が経過し、いかに次世代へ継承していくか。ランカウイ島のマングローブ再生活動は大きな使命を担っている。
取材・文・写真
永田聡子 Akiko Nagata
マレーシア・クアラルンプール在住。マレーシアを中心に東南アジア各地での取材や観光マーケティング活動に携わる。2023年よりマレーシア科学大学修士課程で教育ツーリズムを調査研究中。取材書籍に、『マレーシア留学ガイド』(イカロス出版)、『地球の歩き方-ラオス編』(地球の歩き方編集室)など。
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