京都市内から足をのばして、平安時代は貴族の別荘地だった宇治へ。夏の花々が彩りを見せる名刹を訪れながら、宇治川の鵜飼、伝統工芸やアート、宇治茶など、歴史と文化を感じる体験を。初夏ならではの眺めも、時を越えた伝統ある歴史文化も、宇治の奥深い魅力を味わいたい。
2025.6.24
美しき寺院に歴史と季節を感じて
大和政権が基礎を固めつつあった5世紀ごろには、すでに皇族の離宮があったという宇治。平安時代には藤原氏の別荘地として王朝文化が大きく花を咲かせた。時を超えて滔々と流れる宇治川の風景とともに、旧跡や神社仏閣がいまもその歴史を物語っている。
世界遺産「平等院」の鳳凰堂は、その象徴といえる。極楽往生を願う浄土信仰が広まった平安時代後期、時の関白、藤原頼通が浄土式庭園を築き、その阿字池の中島に、屋根に鳳凰を配した阿弥陀堂を建立した。堂内には極楽浄土図を背景に、丈六の阿弥陀如来坐像が端坐。周囲の壁・扉には九品来迎図(くほんらいこうず)、小壁には52軀の雲中供養菩薩像が懸かり、天井や梁、柱などには宝相華(ほうそうげ)などの彩色文様がいまも部分的に残る。夏は池のほとりなど、境内の約50鉢のハスの花が咲き、まさに頼通が求めたであろう極楽浄土の世界と呼べる風景に出合うことができる。ハスの花は午前中から昼が見ごろ。
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水面に映る姿も美しい鳳凰堂。2014年の修繕工事を経て、創建当時に最も近い姿でよみがえっている。(写真/平等院)
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鳳凰堂の本尊・阿弥陀如来坐像は仏師・定朝作。日本独自の寄木造りの完成した姿と賞されている。(写真/平等院)
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平等院が立つのは、『源氏物語』の光源氏のモデルとされる源融(みなもとのとおる)の別荘地と伝わる。頼通はここに西方浄土を具現化した浄土式庭園を造った。(写真/平等院)
境内の「平等院ミュージアム鳳翔館」では、初代の鳳凰や梵鐘(ぼんしょう)、26軀の雲中供養菩薩像など、寺宝が間近で鑑賞できる。往時の鳳凰堂内の姿がわかる彩色復元映像にも注目を。
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国宝でもある定朝作の52軀の雲中供養菩薩像のうち、26軀を展示。(写真/平等院)
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雲中供養菩薩像はそれぞれ頭光(輪光)を背負い、飛雲上でさまざまな姿勢をとっている。このほか、館内では鳳凰堂中堂の大棟の南北両端にあった平安時代作の鳳凰一対(国宝)もみどころ。南像は2004年に発行された1万円札にも描かれた。(写真/平等院)
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自然光を意図的に取り入れたエントランスの奥に、国宝の梵鐘がある。(写真/平等院)
一方、関西有数の花の寺として知られる光仁天皇の勅願寺「三室戸寺(みむろとじ)」も夏の風景が美しい。明星山の中腹に約5000坪の大庭園を有しており、なかでも初夏はアジサイ約50種・2万株が咲き誇ることから「紫陽花寺」の別名も。また、6月下旬ごろからは本堂前で大賀ハスや古代バス、「大洒錦(たいさいきん)」などの珍しい品種など、約250鉢のハス約100種類が開花する。こちらでも極楽浄土のような世界観に出合えるだろう。
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「あじさい園」は2025年7月6日(日)まで開園。幻のアジサイ「七段花(しちだんか)」などの貴重な品種も植えられている。
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現在の本堂は1814(文化11)年に再建した重層入母屋造りの建物。本尊は二臂の千手観世音菩薩像で秘仏。
平等院
TEL 0774-21-2861
京都府宇治市宇治蓮華116
8:45AM~5:30PM(最終受付 5:15PM)
鳳凰堂内部拝観 9:30AM~4:10PM(受付9:10AM~ ※各回50名定員、先着順)
無休
拝観料:大人700円(庭園・平等院ミュージアム鳳翔館入館料)、鳳凰堂内部拝観:300円
平等院ミュージアム鳳翔館
TEL 0774-21-2861
京都府宇治市宇治蓮華116
9:00AM~5:00PM(最終受付 4:45PM)
無休
拝観料:大人700円(庭園・平等院ミュージアム鳳翔館入館料)
三室戸寺
TEL 0774-21-2067
京都府宇治市莵道滋賀谷21
8:30AM~4:30PM(11~3月~4:00PM) ※最終入山は閉門50分前
8/11~17、12/29~31休
拝観料:大人1,000円
伝統と現代が交差する宇治文化のいま
宇治は平安時代以降も源平合戦、戦国時代は山城国一揆などの舞台となり、鎌倉時代に栽培が始まった茶は宇治茶として珍重され、いまに伝わっている。そんな歴史を歩んできた宇治の伝統文化が体験できる場所を訪れてみよう。
夏の風物詩といえば「宇治川の鵜飼」。宇治川では仏教の影響から長く殺生が禁じられていたが、1926(大正15)年に再興し、現在は男女4名の鵜匠が鵜飼を披露している。夕暮れどきから篝火を焚くなかで行われる鵜飼は、まるで平安時代にタイムスリップしたかのよう。鵜を操る鵜匠の技や鵜が魚をのむ様子などを、船から間近で見ることができる。
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伝統的な装束を身にまとった鵜匠が船上で鵜を操る鵜飼。乗合船(当日受付のみ。5:30PMごろ~)は宇治川に架かる喜撰橋を渡った先の、塔の島を7:00PM(9月は6:30PM)に出船。
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日中の宇治川では遊覧船が運航している。
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茨城県日立市で捕獲されたウミウのほか、日本初の人工孵化で育ったウミウ「ウッティー」も活躍。
数ある伝統工芸品から、宇治も産地のひとつという京くみひもを挙げたい。「昇苑くみひも 宇治本店」は、伝統工芸士による手組みや製紐機を使った機械組みの組紐和雑貨の店。帯締めからストラップなどのモダンなアイテムまで揃う。同店では糸が紐になる「組み」の工程を体験でき、江戸紐と呼ばれる八つ組の組紐ストラップなどを作ることができる。ぜひ伝統工芸の一端を体感してみよう。
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カラーバリエーションが豊富な「正絹 大田巻(おだまき)キーホルダー」(1,100円)。軸についた四つ組の紐がアクセントになっている。
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「手組み体験」(3,850円、11:00AM~・1:30PM~の1日2回、1週間前までに要予約)は所要約1時間。京くみひもの解説はもちろん、順序よく木玉を交差させて紐を組む手組みを丁寧に教えてくれる。
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華やかな意匠が用いられた「正絹 髪飾り コーム」(3,300円~)は小花と揺れる房が上品。洋装にも合わせやすい。
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組紐の素材として、64色の組み糸や72色の結び紐も扱っている。
「茶和花(ちゃわか)京都宇治」では、宇治茶とアーティストによるコラボレーションで、造形フラワー「茶和花」を発信している。色鮮やかなプリザーブドフラワーと、品質管理上、廃棄対象となった銘茶の茶葉を植物として木箱に配した作品は、現代のインテリアにも馴染むデザインが秀逸だ。好みの花や茶葉を選んでオリジナル茶和花が制作できる体験も開催。ほのかな茶葉の香りとともに、自分だけの作品を旅の思い出にできるだろう。
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宇治駅、京都碁盤、三室戸など、京都や宇治にゆかりのあるテーマに合わせて作る茶和花の「木箱」(3寸・5,500円~)。購入時は煎茶または焙じ茶のあと入れ茶葉付。茶葉の香りがなくなったときに追加できる。
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陶芸家が陶器をコの字型に造形した茶香炉「Square」(4,950円)。
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制作体験(3寸木箱・3,960円、要予約)では花や茶葉を選び、生け花感覚で茶和花を作れる。
宇治川の鵜飼
TEL 0774-23-3353(宇治市観光協会)
宇治川中の島付近一帯(乗船は喜撰橋畔)
乗合船受付(当日のみ)5:30PMごろ~(定員になり次第受付終了)、乗船6:30PM~、終了8:00PMごろ(9/1~30 乗船6:00PM~、終了7:30PMごろ)
期間中水曜休
観覧船乗船料:乗合船大人2,700円、貸切船(一艘・10人乗り)35,000円~(要予約)
昇苑くみひも 宇治本店
TEL 0774-66-3535
京都府宇治市宇治妙楽146-2
10:00AM~5:00PM
無休(夏季・冬季休業あり)
茶和花 京都宇治
TEL 0774-26-2467
京都府宇治市宇治妙楽166-17
11:00AM~4:00PM
月~水・金休
専門店で、もっと深く。宇治茶の味わい
14世紀には日本を代表する茶産地になっていたという宇治。安土桃山時代には時の権力者の庇護のもと、宇治茶は「天下茶」と呼ばれるまでの地位を確立。その後も茶葉の品質や製法を発展させながら日本の茶文化を支えてきた。茶産地だけあって、市内には宇治茶を楽しめるスポットが数多い。
「中村藤𠮷本店」は1854(安政元)年に創業した宇治の茶商。平等院表参道にある「中村藤𠮷平等院店」は、皇族にも愛された元旅館の建物を改修した、気軽に宇治茶が楽しめるセルフカフェだ。窓辺から宇治川とその周辺を見渡しながら、人気の生茶ゼリイやパフェなどを味わうことができる。テラスの横には、茶葉やスイーツのショップ、試飲スペースが入った建物も。老舗の選りすぐりの商品をぜひチェックしておこう。
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抹茶アイスや生茶ゼリイ、抹茶餡などを重ねた平等院店限定の「まるとパフェ[みどりの世界]」(1,850円、日本茶付)は同店から見た宇治川と借景がコンセプト。
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平等院店限定の「生茶ゼリイ[抹茶]」(1,500円、日本茶付)。
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江戸時代創業の旅館を改修した建物は宇治の重要文化的景観の構成要素に選定されている。
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歴史ある建物の柱や梁などはそのままにリニューアル。窓辺のカウンター席が人気。
小さな製茶場と喫茶を併設する茶の専門店「売茶(ばいさ)中村」は、茶商でもなかなか味わう機会がないという揉みたての茶を提供している。製茶場では製茶機を用いて、その日に使う茶を用意。揉みたてだからこそ、潑剌とした香りと個性が鮮やかに感じられる一服が楽しめる。宇治以外の産地の茶葉も用意しており、メニューは数種類が味わえるコース仕立て。茶を淹れる美しい所作にも注目したい。
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喫茶を楽しむ間は茶産地や茶葉の特徴を詳しく教えてくれる。
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茶農家や製茶場で修業を重ねた店主が、店内の製茶場でさまざまな製茶機を用い、数時間かけて手揉みに近い茶葉に仕上げる。
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「出来たて煎茶〈我逢(がほう)〉」(3,000円)では窒素ガス充塡サーバーで淹れる水出し煎茶や、好みの煎茶3種などが味わえる。この日の茶葉は京都和束町「やぶきた」、埼玉「さやまかおり」など。
ランチは元茶問屋ならではの「辰巳屋」の抹茶料理はいかがだろう。生の大豆から作る抹茶豆腐、生湯葉とカニ身の抹茶和えなど、食材の味わいを良質の抹茶の香りや甘みで引き立てた品々が登場。臼挽き前の碾茶を添えて香りを立てるなど、店主の工夫が最後のひと品まで飽きさせない。宇治茶の奥深さを体感できるはずだ。
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「抹茶料理」(写真・6,500円、季節の八寸・お造里付8,000円、ともに要予約)は昼限定のコース。一子相伝の抹茶豆腐(左下)をはじめ、季節の田楽3種盛り(下)、鰊(にしん)の茶蕎麦(中央)、抹茶ソースでアクセントを加えた炊き合わせ(中央右)など全9品。
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2階の個室のひとつ。窓からは宇治川が一望できる。1階にはカウンター席も。
中村藤𠮷平等院店
TEL 0774-22-9500
京都府宇治市宇治蓮華5-1
10:00AM~4:30PM(L.O.)
不定休
売茶中村
TEL 0774-26-4082
京都府宇治市宇治蓮華49
正午~6:00PM
水・木休
辰巳屋
TEL 0774-21-3131
京都府宇治市宇治塔川3-7
11:00AM~2:30PM(L.O.)、5:00PM~7:30PM(L.O.)
不定休
取材・文/mado.lab 写真/合田慎二
●取材時期:2025年2月上旬
※価格は消費税込。 L.O.=ラストオーダー
※掲載内容は時期や天候、施設の諸事情により変更となる場合があります。