大正時代創業の家業を継ぐことが決まっていた跡取りは、アナログの黒板の市場が縮小するなかで社員となり、やがて社長となった。アナログの世界で生きてきた社員との関係に悩みながら、黒板の電子化を進め、4代目の経営者は、逆境のひとつひとつに体当たりし、乗り越えてきた。
2025.3.25
坂和寿忠
さかわとしただ
サカワ代表取締役社長
1986年、愛媛県生まれ。1919年創業の老舗黒板メーカーの4代目社長。2009年、祖母が社長を務めるサカワに入社後、東京支店で電子黒板の営業販売に力を入れるが、プロジェクションマッピングにヒントを得て、面白法人カヤックとの協業で開発したハイブリッド黒板アプリ「Kocri」が、「第12回日本e-Learning大賞」、「2015年度グッドデザイン賞」などを受賞。2016年には超短焦点プロジェクターの「ワイード」を開発。少子化や教材のデジタル化が進むなか、アナログとデジタルを融合させた新しい黒板のかたちを追求し、売上を伸ばしている。
黒板、電子黒板、プロジェクターなどの製造販売を行うサカワは、前身である坂和式黒板製作所の創業が1919(大正8)年という、業界有数の老舗企業である。現在、同社を率いるのは創業家の4代目に当たる坂和寿忠氏。1986(昭和61)年、愛媛県に生まれ、大学卒業と同時に祖母が代表を務めていたサカワに就職し、将来の経営者としての道を歩み出した。
「子どものころから、将来のなりたい職業を『黒板屋』と書いていました。それ以外の道はない環境で育ったんです。だから、青春時代には悩みました。自分の道が決められていることが、苦しかったですね」
考古学に興味があったが、大学は工学部建築学科へ進学した。黒板メーカーの取引先は建築、建設関係が多かったことがその理由だったという。
「東京での大学4年間は、正直にいってあまり熱心に勉強していませんでした。家族から自由になりたいという想いのほうが強かったですね。それでも、卒業後にはほかの選択肢はなく、実家の会社に入りました。当時すでに創業90年を経ていた会社に入り、経営者の葛藤なども目の当たりにしたことが、その後の人生にとって、とてもよかったと思います」
故郷・愛媛での研修期間を経た坂和氏はすぐに再び上京した。任されたのは、東京支店の立ちあげだった。
「僕が入社した年に、当社では電子黒板の製造販売を開始しました。当時の社員たちは電子黒板については知らないので、僕が学ぶしかない。滅茶苦茶勉強して、ひとりで営業に歩く毎日です。最初の数年は、本当に昼夜なしに一生懸命働きました」
しかし、懸命に働く坂和氏は孤独だったという。
「僕はつまるところ同族会社の経営者の跡取りなんです。社員には気を遣われるだけで、仲間になれる気がしなかった。だから、彼らの2倍努力をして、結果を出すしかないのです。結果を出して初めて、周囲から認められる。その一念で仕事に取り組みましたが、同僚や先輩たちとのコミュニケーションには苦労しました」
顧客に教わりながら営業を続けた日々
坂和氏の入社の21年前に社名はサカワに変わっていたが、東京でその名を知る顧客はほとんどなかったという。
「社名をいってもわからないし、名刺を出しても、ロクに見てもらえない。商品の説明をしたくても、質問されるのは価格だけ。そんな環境で営業を続けていたころは、営業先の学校の先生から、厳しいお𠮟りを受けることもありました。こちらの知識や経験が不足しているので、当然のことです。それなのに、熱心に指導をしていただきました」
何も知らないに等しい坂和氏は、仕様書を出すことや入札があることなども、営業先の担当者に教えられながら覚えていったという。頼ることのできる先輩もいないなかで、一歩ずつ、経験を積み重ねていった。
「電子黒板を導入するための営業も、営業先によって困難さが異なります。ある私立の学園では、要求の基準がとても高かった。このネジで児童が指を挟まないかとか、黒板が倒れることへの対策は万全かといった基準のすべてが厳しい。こちらとしても、できることとできないことがあるのですが、営業上やれるといってしまってからできないのは許されません。学園の夏休みに営業に行っていたのですが、先方からの厳しい要求をひとつひとつクリアするために毎日通いました。そうして、ようやく納品できたときは、本当にうれしかった。ちょうど、隅田川の花火の日だったんです。当時、支店のあった人形町に帰る途中で見た花火がとてもきれいだった。いまもよく覚えています」
東京で結果を出す。そのために必死で逆境を乗り越えようとしてきた坂和氏には、一営業マンとしてだけではなく、将来の経営者として取り組むべき課題もあった。
「黒板はアナログの世界ですね。そのため価格競争になりやすい。一方で少子化が進み、学校は統廃合されていく。最盛期に100社程あった黒板メーカーはどんどん減少していきました。だから電子化を進めたのですが、社内では電子化への反発も強かった。うちは同族経営ですが、100年近く続いてきた会社です。社員を大事にしてきました。しかし、アナログの会社であったことは事実で、電子化によって社員がいづらくなってしまった。僕が入社してから、古い社員の半分くらいが辞めてしまったんです。5年で十数人辞めていきました。これは辛い経験でしたね。当時は、プロジェクター式の電子黒板やスマホの画面を黒板に投影できるアプリを開発していたのですが、何でも自分が先頭に立って行うべきと考えていました。その一方で、古い社員は辞めていく。当時の僕は、胃潰瘍になりました」
降りかかってきた困難をアイデアで切り抜けるしかない
しかし、悪いことばかりではなかった。新しく入社してきた人材は、退職した社員の穴をカバーしてくれた。同時に、社内にも、坂和氏の進める方針に賛同してくれる人も出てきた。
「厳しいことの連続でしたが、降りかかってきた困難をアイデアで切り抜けるしかないと思いました。守るのではなく、アイデアで攻めていくしかない。そういう想いです」
入社から9年が経過した2018年、坂和氏は代表取締役社長に就任した。以前は、何でも自分が先頭に立って進めていかないといけないと思い込んでいたが、やがて、考えは変わってきたという。
「社員が新しいことを考えて進めていく。それをやってもらうのが経営者の仕事だと考えるようになりました。休暇や給料についての考えも変わりました」
社員の希望を受け止め先生の応援もしたい
サカワは中小企業だが、社員の処遇は充実している。年間の休暇は135日、給与も、自己申告によって決定する制度になっているという。
「月に1回は水曜日を休日にし、週休3日制にしています。もちろん顧客への対応がありますから、チームにわけて休みの調整はしますが、これも、やればできることなんですね。給与については、社員による自己申告制の導入を予定しています。自分があげる実績に見合った処遇を社員が会社に申告し、僕との間で、話し合って決めていくのです。これだけ頑張るから給与は1割アップしてくれという要望もあるし、一方で、この1年は子育てをするから週4日勤務は可能かという要望もある。僕からすれば、社員が働きやすい環境にすることが大事です。うちはもともとファミリーカンパニー。終身雇用ということを真剣に考える会社なんです。以前は自分が引っぱると気負うばかりでしたが、いまは切り替えて、社員が自分の意見を言ってくれることを、ありがたいことだと思っています」

坂和氏は、これまでの人生を振り返り、辛いことより、楽しかったことのほうをよく覚えているという。そしていま、考えているのは、学校の先生たちを応援するということだ。
「文部科学省の教育関連の支援などもあって、高機能な電子黒板が売れた時期があります。でも、実際には先生たちが使いこなせなかった。覚える時間がないからです。だから僕は、現場の先生の声をよく聞いて、本当に使いやすい製品を供給しなければとつねに考えています。さらにいえば、多忙な先生たちを応援する取り組みや製品を提供するとともに、“教員”がとても魅力的な職業であることを伝えていきたいとも思っています」
黒板と先生と生徒の三位一体を100年企業が支えている。
HISTORY

1957(昭和32)年、サカワ黒板製作所に社名変更。写真は松山市内にあったサカワ黒板製作所時代の社屋。
1919年
家業だった漆塗業の技術を生かし、坂和式黒板製作所を曾祖父の坂和富忠が創業
1969年
祖母の坂和壽々子氏が社長に就任
1986年
愛媛県に生まれる
1988年
サカワに社名変更
2009年
大学を卒業後、サカワに入社。東京支店で電子黒板の営業販売に従事
2013年
電子黒板「しゃべるくん」スライド式の販売を開始。スライド式電子黒板とプロジェクター付電子黒板(多機能ボード)の特許取得

プロジェクションマッピングに感動して発想を得たという「Kocri」。
2015年
面白法人カヤックとの協業によりハイブリッド黒板アプリ「Kocri(コクリ)」を開発。Kocriが「第12回日本e-Learning大賞」、「2015年度 グッドデザイン賞」を受賞。「グッドデザイン・ベスト100」にも選出される
2016年
ウルトラワイドプロジェクター型電子黒板「ワイード」を販売開始
2017年
「Kocri for Windows」を発売
2018年
代表取締役社長に就任。授業AIアシスタント「JOSYU(ジョシュ)」を発表
2020年
「Kocri for iOS」のダウンロード数が10万突破。オンライン学習のプラットフォームとなる「SCHOOM〜子どもたちと学ぶ場」を立ちあげ
2022年
ワイード導入台数が5000台突破

展示会で社員と記念撮影(前中央が坂和氏)。同じユニフォームを着ることも大事にしている。
2023年
黒板着せかえパネル「KisePa(キセパ)」を販売開始

カッコイイ先生を応援したいとの想いから、学校の先生限定の参加型音楽フェス「SENSEI SONIC」を開催。
2024年
スライド式大画面電子黒板「スライード」 の販売を開始。「SENSEI SONIC(先生ソニック)2024」主催
取材・文/大竹 聡 写真/鈴木 伸