人や地球環境、社会、地域に配慮したエシカルな考えや取り組みを、世界の街で暮らす人たちが日々の目線を通してレポートします。
2024.11.25
イタリアの人々にとって、日々の暮らしにバールはなくてはならないもの。バールとはカウンターでコーヒーを提供する店のことだが、単なるコーヒーショップではない。例えば、「タバッキ」という看板を掲げているところは、かつてたばこが国の専売だったころ、その販売免許をもっていたことを表す。いまでも、その看板があるバールでは市中バスの切符や切手、収入印紙を扱っている。ほかにもアメやガム、チョコレートといった小菓子を売っていたり、バール・パスティッチェリアと名乗る店では自家製の焼き菓子やケーキが自慢だったりする。朝なら一杯のエスプレッソとともにブリオッシュ(クロワッサンのような形の甘いパン)を頰張る人々で混み合う店は、味が保証されているといっていいだろう。
また、生活のさまざまな場面でも便利な、ときに頼もしい場所だ。待ち合わせに使えるし(コーヒーを一杯注文すれば、少々長く滞在しても問題ない)、ペットボトルの水も買える。レストランでの食事時間が取れないときは、バールのパニーノ(サンドイッチ)がありがたい。さらに、早朝や夜遅くまで営業しているところも少なくない。イタリアでは重要なライフラインなのだ。
それ以上に、一杯のエスプレッソを飲むことこそ、イタリアの人々にとって欠かせない習慣である。なじみの店のスタッフと言葉を交わし、同僚や友人と他愛もないおしゃべりを楽しみながらエスプレッソを飲む。仕事で煮詰まったときは連れ立ってバールに行けば、リラックスして頭を切り替えることができる。ちょっとしたことだが、彼らにとっては活力の源だ。
ところが、このバールでのエスプレッソ、近ごろの物価高騰でじわじわと値段が上がっている。Fipe(イタリア公共事業連盟)によると、2023年の1年間におけるバールでの平均支払額は4.4%上昇、2021年には平均€1.04だったエスプレッソは2023年には€1.16になったという。わずか¢12の値上がりとはいえ、毎日、それも日に何回もとなると無視できなくなってくる。
そこで登場したのが「マイカップ持参」というシステム。カップを持参すれば割引するというものだ。物価高騰はコーヒー豆に限ったことではない。個包装の砂糖、洗剤、水、光熱費すべてが値上がりした。それをそのまま価格に転嫁することは、バールが生活に深く根ざしているゆえに難しい。ならばと、南イタリアのモリーゼ州の小さな町にあるバール「ドン・アントー」では、¢80のエスプレッソをマイカップなら¢50にするサービスを始めた。そのほかにも地方の小さな町では同様のサービスをするバールが現れている。カップを持参すれば、節約しながらバール通いを続けられるとあって、マイカップ派は、徐々に広まりつつあるようだ。
取材・文・撮影
池田愛美 Manami Ikeda
出版社勤務を経て、1998年よりイタリア・フィレンツェに在住。主に食の分野で取材執筆活動に従事。ONAOO(Organizzazione Nazionale Assaggiatori Olio di Oliva)所属プロフェッショナル・オリーブオイル・テイスター。
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