世界の街から人や地球環境、社会、地域に配慮したエシカルな考えや取り組みを、世界の街で暮らす人たちが日々の目線を通してレポートします。
2024.11.25
約825万人が暮らす、ニューヨーク市。自然災害とはあまり縁がなさそうだが、そんなことはない。都市の中心地となるマンハッタン島は四方を海と川に囲まれ、場所によっては海抜ゼロに近く、温暖化による海面上昇が以前から危惧されてきた。そんな気候変動への危機感が高まり、ニューヨーク市の数ある施策のなかでひときわ注目を集めるのが、ガバナーズ島におけるプロジェクトだろう。マンハッタン島南端から南へ約730mのところに浮かぶ、面積わずか約70万㎡のその島は、かつては先住民の地だった。その後数々の歴史を経て軍事拠点となって、2003年に国からニューヨークとその市民へ移譲。以降、一般市民の上陸も可能になり、市民の身近なオアシスとして、また、旅行者の間では数々の史跡や眺望が楽しめる名所として知られるようになった。
そんなガバナーズ島では、近年その立地を生かしたさまざまな環境施策が展開されている。例えば、カキの水質浄化作用を活用し、マンハッタン湾の海水を浄化するため、ニューヨーク港に約10億個のカキを再生するという「ビリオン・オイスター・プロジェクト」や、島内の緑地を生かした都市農場づくり、雑草駆除のための羊の放牧(夏季限定)、海洋専門の高等学校の設立など、いずれも地元企業・団体や市民を巻き込んでのプロジェクトばかりだ。
2023年には現市長のエリック・アダムス氏主導のもと、気候変動問題対策を促進する研究プラットフォーム「Living Lab」をこの島に設立。ここでの研究が実社会で活用できるよう、異業種の企業・団体が共同で参加する「The New York Cl imate Exchange」という名のコンソーシアムが構成された。2025年には、予算約7億ドルを投じ、そのための新キャンパスの建設が始まる。海洋学とエネルギー研究で知られる、地元ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校を中心に、アメリカ自然史博物館やIBM、各NPOなど30以上の団体が参加予定だ。また、約3万6000㎡のメインキャンパスのほか、島に残る歴史的建造物を活用した学生寮や大学、ホテルなども建設される。電力は島内のソーラーパネルと地熱で賄い、マンハッタンから島へのアクセスにはハイブリッド電気フェリーを導入。さらなる雇用創出と約10億ドルもの経済効果も見込まれており、島は市民にとってこれまで以上に身近な場所になるだろう。
開校予定の2028年には、環境分野での研究・就職を希望する若者たちがこの島を目指す。摩天楼の近くに浮かぶこの小島では、官民を超えた異業種同士の結束と同時に、ニューヨーク市の未来を担う環境問題のエキスパート育成計画が、着々と進められている。
2028年にはガバナーズ島の景観が変わる予定
自然に囲まれた新しい学びの場所に
取材・文・写真
小川 佳世子 Kayoko Ogawa
アメリカ・ニュージャージー州在住。ハドソン川を隔てて位置するニューヨークをはじめ、アメリカ国内の旅や食、ライフスタイルなどをテーマに、現地リサーチから取材のコーディネート、雑誌やウェブ媒体の撮影・執筆を行っている。
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