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人物 エッセイ

日本の紅葉を愛でる

Essay 入日色の記憶

2026.08.17

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 秋の紅葉は、もちろん日本の古典文学を支える大きなモチーフです。百人一首の龍田川を赤く染めるもみじ、『源氏物語』第七帖の「紅葉賀」で描かれる錦絵のような紅葉、その例は枚挙にいとまがありません。秋の紅葉はこの世の儚(はかな)さ、ときの移ろい、喜怒哀楽のなかでも切なさを表現して書き手の、そして読む人々の心をとらえてきました。私もそのひとりです。
 しかし文学作品のなかではなく、私が実際に目にして心打たれた紅葉は、京都や奈良の錦繡ではありませんでした(もちろんとても美しいのですが)。1985年から10年ほど、私は九州大学で日本文学の研究や講師をしており、研究の一環として九州の各藩が江戸時代から伝え守っている資料の調査に通っていました。ある秋、佐賀城公園に行くと、そこにはナンキンハゼノキがたくさんあり、その紅葉がとても美しかったのです。紅一色に輝くような紅葉ではなく、黄色や緑も混ざり、ニュアンスのあるとても深い色合いでした。
 1962年に発表された『ちいさい秋みつけた』という歌があります。「ちいさい秋 ちいさい秋 ちいさい秋みつけた」という、秋になると口ずさみたくなる曲です。サトウハチローによる詞で、その三番に、ハゼノキが出てきます。

むかしの むかしの 風見の 鶏の
ぼやけた とさかに はぜの葉 ひとつ
はぜの葉 あかくて いりひいろ

 初めて聴いたとき、「はぜの葉あかくて いりひいろ」の「いりひいろ」がどんな色なのか、ぴんときませんでした。日本には日没を表現する言葉がいろいろあります。入日色(いりひいろ)という言葉は、それらのなかではあまり使われないかもしれません。入日色というのはとても温かいオレンジ色。真っ赤だけどまだ太陽の橙色が残っているような色を指します。佐賀城公園のナンキンハゼを見たときに、その色がよくわかりました。緑を少し残しながら赤くなり、黄色くなり、温かみと深みがある。まさに入日色なのです。
 私はアメリカの東海岸の出身です。マサチューセッツ州、バーモント州、ニューハンプシャー州は紅葉の名所で、秋には真っ赤な紅葉や鮮やかな黄葉を見ることができます。とくにケンブリッジにあるハーバード大学大学院で勉強していたときは、キャンパスで見事な紅葉を見ることができました。そのせいか、日本に来て紅葉を見たときも、紅葉のない地域から来た人に比べると驚きや感動が薄かったのですが、佐賀のハゼノキの、遠くから見ても近くで見ても美しい、色合い複雑な紅葉の美しさに心打たれました。
 佐賀には佐賀錦という伝統織物があります。肥前国加島藩の御殿女中に受け継がれた織物で、金銀箔を漆で和紙に貼り、細く切ったものを経(たて)糸に、絹糸を緯(よこ)糸に用いた織物ですが、ナンキンハゼのさまざまな色が折り重なった紅葉は、佐賀錦の美しさを思い起こさせてくれます。複雑で深みのある色合いに、まるで吸い込まれていくような感覚を覚えます。
 なぜ佐賀城のまわりにはモミジではなく、ナンキンハゼが植えられているのか。調べてみると、それはナンキンハゼの実から木蝋(もくろう)をとるためだったということがわかりました。江戸時代の明かりといえば、菜種油などもありましたが、火のもちは蝋燭が圧倒的によく、蝋は高値で取引されていました。
 九州で急速にナンキンハゼの植樹がすすんだのは17世紀。きっかけは諸説ありますが、1645年に中国の船が鹿児島の桜島に漂着し、ナンキンハゼとそこから蝋をつくる製法がもたらされたともいわれています。九州の各藩は競ってナンキンハゼを植樹し、とくに肥前、筑豊、筑後は蝋の大産地となったのです。やがて蝋は佐賀藩の財政を支える産物に。大坂に運ばれた蝋は幕末、戦艦を買う資金にもなっています。紅葉の美しいナンキンハゼは時代を動かす原動力にもなったのです。
 そこで私は膝を打ちました。玉川上水の桜を思い出したからです。大都市・江戸のライフラインとして多摩川のきれいな水が必要でした。八代将軍吉宗は玉川上水を整備します。そして上水の両側に堤をつくり、崩れないように桜の木を植えました。なぜ桜の木なのかというと、桜の名所となれば遊山好きの江戸の人々がやってくる。そうすれば堤が踏み固められるからです。治水という実利と季節の美を愛でることが共存していた。佐賀のナンキンハゼの紅葉も同様だったわけです。ある働きを生むために、そこに美もあった。「用の美」とは民藝運動で生まれた言葉ですが、ナンキンハゼの紅葉にもそうしたストーリーがあったことを知って、ますます好きになりました。
 佐賀城公園以外では、久留米の耳納(みのう)連山を背景にした曽根のハゼノキ並木もきれいです。京都の高雄のように大和絵から抜き出たかのような美しさとは、また趣の異なる紅葉の妙を楽しむことができます。

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ロバート・キャンベル

日本文学研究者。早稲田大学特命教授。東北大学特任教授。せんだいメディアテーク館長。国文学研究資料館前館長。近世・近代日本文学が専門で、とくに19世紀(江戸後期~明治前半)の漢文学と、それに繋がる文芸ジャンル、芸術、メディア、思想などに関心を寄せている。テレビでMCやニュース・コメンテーター等をつとめる一方、新聞雑誌連載、書評、ラジオなど、さまざまなメディアで活躍している。

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