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新しい価値を見出した
「にごりワイン」に目覚める

濾過も清澄もせず、添加物も加えない「ヒトミワイナリー」の“にごりワイン”。大事に育てたブドウのありのままのおいしさを表現する。

琵琶湖の南に位置する滋賀県東近江に、日本産の生ブドウのみでワインを造るワイナリーがあることをご存じだろうか。造るワインはすべて濾過を行わない“にごりワイン”。それも、国内に「自然派ワイン」や「ナチュラルワイン」という言葉が浸透するずいぶん前から取り組んできた。「ヒトミワイナリー」を訪ね、情熱的な作り手の哲学に触れながら、自然の旨味が凝縮した“一期一会”のワイン体験を愉しんだ。

2025.11.05

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ワインは液体の芸術。「民藝」に触発されてワイン造りを始動

 東京駅から新幹線、ローカル線、路線バスと乗り継ぐこと約4時間。「日本ワイン」や「ナチュラルワイン」といったブームが日本国内で沸くよりずっと前から、無濾過・無清澄、国産の生ブドウ100%で醸す稀有な造り手「ヒトミワイナリー」を目指す。
 田んぼに囲まれたのどかな風景のなかに、唐突に「ヒトミワイナリー」が現れる。ブドウ栽培も力を入れていると聞き、冷涼な丘陵地帯を想像していたので意外な感じがする。
 ワイナリーには試飲のできる直営ショップや、天然酵母やワイン酵母で発酵させるパン店「パンの匠 ひとみ工房」、日本の民藝運動を推進した陶芸家・バーナード・リーチの作品を主体に展示する「日登美美術館」が併設されている。店長の栗田智史(さとし)さんが、ワイナリーのはじまりと概要について語ってくれた。

JSA認定ソムリエ、ANSA認定ワインコーディネーター、唎酒師、焼酎唎酒師などの資格を持つ店長の栗田智史(さとし)さん(ヒトミワイナリー株式会社取締役)。

 創業者の図師禮三(ずしれいぞう)さんはアパレル業を営んでいて、仕事のためにフランスに赴くこと多々。何はなくとも、おいしいワインとパンのある食文化に触れて心を打たれ、自身の故郷、滋賀県永源寺町にもこの文化を創って浸透させようとワイナリーを立ち上げた。1991年のことだ。そして、2006年にはワイン全量を国産ブドウ、にごりワインに切り替えたという。
栗田さんは、開口一番、印象深い言葉を放った。
 「私たちのワイン造りの根底には民藝の精神が流れています。ブドウを育て、手仕事で醸し、暮らしに根付いたものとしてワインを愉しむ。ワインを液体の芸術と捉えて、なるべく余計な手をかけない、シンプルな造りを心掛けているのです」
 「農=ワイン=食」という想いで取り組むヒトミワイナリーのワインの特徴はこうだ。
●ワインは無濾過、無清澄であること。
●ブドウは野生酵母で醸していること。 
●酸化防止剤は一切使わないこと。 
●原料は、食用ブドウ中心に国産の生ブドウ100%を使っていること。

“にごりワイン”といってもにごり酒のような白濁した液体ではない。果実味や酸味、旨味から生まれる複雑味、豊かなアロマなど無濾過ならではの奥深い味わいが広がる。

 こういった造りはあくまで奇をてらったスタイルのためではなく、一つ一つに理由がある。栗田さんはこう説明する。
 「よく『自然な造り』と評されますが、完全無農薬で育てようと、ブドウを人の手で育てている時点で本当の意味での“自然”とは異なります。でも、ブドウの“ありのままのおいしさ”を届けるための造りをしています。タンクの底に沈殿した澱を取り除く澱引き(おりびき)はしても濾過をしないのは、酵母を除去しないことでにごり成分からさまざまな味わいが出るからです。培養酵母を使わないのは、収穫したブドウに付いている酵母や蔵に存在している酵母を活かすため。酸化防止剤は、製品を安定させるために大事な役目を果たしますが、その一方で特有の味と香りを持っています。自然なブドウの味わいを邪魔されたくないですし、生きていてほしい酵母まで殺してしまう面もあります。また、タフなブドウの場合、自身で耐性をつけます。ブドウ本来の味を活かすことを重視して、私たちは添加しない選択をしています」
 加えて言うなら、価格の設定にも驚かされる。ボトル(750ml)1本1,000円台から販売していて、中心ラインは2,000円台。これだけの想いと労力が詰まったワインにしては、破格なのではないだろうか。 
 「創業時、ワイン文化などなかったこの地域の方々に日常的に食卓で愉しんでほしかったので、価格を抑えて流通させることは必至でした。作り手としての私たちのモットーです」

  • 滋賀県東近江市にあるヒトミワイナリー。「ワインはその土地ならではの味や、作り手の想いを表現する液体」を信条に、にごりワインのみを醸している。

  • 天井が高く、広々とした空間の直営ショップ。素材や製法を吟味した食材やオリジナルのポロシャツ、トートバッグなども販売。

  • 10種類ほどのワインを無料試飲できる。スタッフが細やかな説明に、ワイナリーの目指すワイン造りがよく理解できる。フレッシュなおいしさにも感激!

  • 味や造りのタイプごとに適した形状が異なるワイングラス各種を販売。自宅でワインを味わう時間をより上質なものにしてくれる。

  • ショップでは、民藝の流れを受け継ぐ作家による器やレトロな食器を購入できる。使う度にワイナリー訪問を思い出せるアイテムになりそう。

野生酵母で醸し、酸化防止剤不使用を実現するための努力

 ワイナリーの立ち上げ当初は海外産のブドウを使い、清澄、濾過をほどこしたいわゆる教科書通りの透き通ったワインを造っていた。ある日、ワイナリーの来客者にタンクからすくったばかりのにごったワインを味わってもらったところ「すっごくおいしい!」と興奮した様子で絶賛。そこから濾過しないワインも売り始めて割合を増やしていき、全量無濾過のにごりワイン専門ワイナリーとなった。
 さらに、造りが大きく変わったのは、2011年に東日本大震災が起きてからだ。
 「山形や岩手県などに、良質なブドウを育てているのに風評被害で売れずに困窮してしまっている農家さんがいることを知りました。翌年の2012年、私たちはそうした生産者を守る意味も込めて、自社畑のブドウと共に東北地方のブドウを使い、原料のすべてを国産生ブドウにすることを決めました」
 扱うブドウはすべて安全検査をしたものばかりだったが、健康被害を気にして反対する問い合わせもあった。だが、出荷量は少ないながらも、東京都内の小売店や、飲み手に造りの価値やおいしさを認める人々が現れはじめ、「ヒトミワイナリー」の名はお酒好きたちに浸透し始めたのだった。 
 原料の確保、そして野生酵母での発酵、酸化防止剤を一切使用しない製品の流通。言うは易いが、継続的に製品を造って流通させるには手間と時間、そして技術を要する。 
 「ごく簡単に言うなら、徹底した衛生管理と温度管理が大前提として必至です。掃除に関しては、ワイン醸造時期ともなると、4〜5人の造り手が総出で毎日5時間ほどかけます。酸化防止剤や亜硫酸にはワインを安定的に造るメリットがありますが、それも極力加えないので当然リスクが伴います。そこをフォローするのは技術です。あえて、酢酸を出させて、ワイン自体の品質や味わいを保つようにしたり、そこで過剰にできてしまった酸を寝かせることでマイルドにしたり、といった調整を図っています」

  • エチケットのデザインは洒落のきいたユニークなものばかり。ネーミングやデザインは醸造長が決めるためセンスが大きく左右されるという。

  • 個性豊かな味わいのワインをラインアップ。迷ったら、キャラクターが際立つエチケットをジャケ買いしてみるのも愉しい。

  • 「うちのワインはどれも個性的。手書きコメントには『万人受けしません』なんて文言を添えることもあります(笑)」。むしろ、興味を引かれてしまう。

もったいない精神ではなく「新しい価値への挑戦」で倫理的なモノづくりに取り組む

 自社農園のブドウは、2017年からは、畑の生態系を守るために除草剤すらまかずに有機栽培で育てるようになった。環境に配慮すると同時に、それはヒトミワイナリーの挑戦の一つでもある。
 「来るときにお気づきになられたかもしれませんが、まわりは田んぼばかりでしょう?米の適地でブドウを育てるなんて、僕自身聞いたことがありません。田んぼのとなりにブドウ畑があるなんてありえないことなんです。永源寺でワイン用のブドウを栽培しているのはここだけですし、決して適地とは言えません。でも、育てるならばこの土地らしいブドウの味を出したい。完全無農薬でブドウを育てることは土壌づくりの一環であり、永源寺という土地への挑戦でもあるのです」
 実は、栗田さんは滋賀県出身ではなく、もともとはヒトミワイナリーのショップに通っていた一人のお客だった。京都の飲食店でドリンク部門を統括する仕事をしていた頃、日本酒も焼酎もビールも洋酒も大好きだというのにワインだけが苦手だった。だが、ワインの勉強を始めるうち、出合った瞬間に「これは⁉」と惚れ込んだのがヒトミワイナリーのワインだった。直営ショップに通い詰めては想いを強め、2014年に念願の入社を果たした。
 入社後は、新商品の開発にも手腕を発揮している。廃棄される搾汁後のブドウの果皮で、低アルコールワインのピケットやノンアルコールビールを誕生させた。「パンの匠 ひとみ工房」では、ワイン造りのシーズンである秋ともなると、ブドウの搾りかすを用いたパンを焼いている。
 「こうした製品は、手元にある素材を余すことなく活かそうとする私たちのモノづくり精神が生んだものですが、決して、もったいない精神から生まれたものではありません。先人が歩んできたお酒の歴史を紐解いてヒントを得て生まれたものです。廃棄するものも無駄にせず、いいものとしておいしく造れば、新しい価値を生むことができます。ヒトミワイナリーは新しい挑戦をさせてくれる会社です。入社する前も、入社してからも、私にとって日本一のワイナリーであることに変わりはありません」

右/「うちのワインで造ったっす」白ワインビネガー(デラウェア、シャインマスカット)、中/「うちのワインで造ったっす」赤ワインビネガー(木樽熟成メルロー) 各200ml 1,490円。商品として発売できなかったワインを数年熟成させ、さらにビネガーとして1年熟成させたオリジナルワインビネガー。左/「 Love your Eyes ~キミのヒトミに恋してる~」330ml 352円。近江八幡市のダイヤモンドブルワリーとコラボした微炭酸飲料。ワイナリーで使ったブドウ果皮とホップ、麦芽粕などを原料とする。

 2025年のゴールデンウィークには、10年ぶりの試みとして、ワイナリーで地元のブルワリーや飲食店と一緒に地産のお酒と食を愉しむイベントを開催した。栗田さんは、「地域により深く根差すべく、地元の人々と協力して展開することは、この地の新しい価値を見出すことにもつながる」と考える。
 「ヒトミワイナリー」は、きっとこの先も大々的に生産量を増すことなどなく、ひたむきにワイン造りを続けるだろう。そして、派手さはなくとも日々の食卓に癒しを与える滋味深いワインを醸すだろう。
 一日の労を癒す一杯が、人、社会、地域、そして地球環境に配慮したエシカルなモノづくりに信念をもった造り手によるものだとしたら。新しい挑戦をし続けている人たちが情熱を傾ける液体の芸術だとしたら――それはなんて素晴らしいことなのだろう。
 帰京後、買ってきたワインをグラスに注ぐ。コポコポと液体が注がれる音に、栗田さんの言葉が思い出される。ほのかなにごりが愛おしくさえある。ジュワジュワと唾液が出てくるような多彩な酸味に、ゴクンと飲み込んだ後も広がる甘味と滋味。ぶれることなく挑戦を続けるワイナリーにエールを送りながら味わった。

ヒトミワイナリーのおすすめのワイン

  • カルーセルの画像
右/「自社畑赤2022 赤」3,740円

自社農園で栽培した多種類のブドウ(マスカットベリーA、メルロー、カベルネサントリー、ソーヴィニヨンブラン、シャルドネ)で醸し、木樽熟成させた。滋賀県でたくましく育ったブドウのパワーを感じる味わい。

左/「ゴクローサワー 2024 白」2,475円

山形県産の完熟前の青いデラウェアのみで発酵。瓶詰め時に完熟デラウェアの果汁を添加することで、野生酵母による瓶内二次発酵をさせた。リンゴのような香りに心地よいシュワシュワ感、爽やかな甘味、旨味が一体に。一日の〆に「ゴクローサワー(ご苦労さまー)!」と飲みたい。

ヒトミワイナリー

TEL 0748-27-1707
滋賀県東近江市山上町2083
11:00AM~6:00PM
月・木・年末年始休(ほか、研修等でお休みあり)

http://www.nigoriwine.jp/

取材・文/沼 由美子 写真/広川智基

●取材時期:2025年7月上旬
※掲載内容は時期や天候、施設の諸事情により変更となる場合があります。

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